[R18] 女性を愛する天才の俺様、異世界を救う (JP) – 1章 1節 8話 地球の女神 旅立ち(アン視点)

目次

前書き

R18

第1節 地球の女神(第1章 勇者の村)

第 8 / 12 話

約 45,000 字 – 83 場面 (各平均 約 530 字)

1/83.「『』が見えますか?」

(そろそろ来る頃かな)

ユウタはそろそろ交代の者が来る頃だと思いうしろを振り向いてみると遠くにその者を見つけた。

「アン様、あの人が見えますか?向こうに見えるあの人が見張り役の交代の人でございます」

ユウタは交代の人が向かってきている事をアンに教えた。

「あ!ほんとだ!見えるわね!」

アンはユウタの隣で見張りに付き添い始めてからというもの人っ子一人ひとっこひとり視界に映らなかったから驚いて少し感動すら覚えていた。

ちなみに女神と言えども普段から狩りなどせず敵を警戒する必要すら無い存在にはもちろん遠くを見る癖など無くその為視力もそれ程良くは無いから見えるはずが無いのだがアンはずっと家でごろごろしていて文明レベルが低過ぎるから当然テレビも何も無いから何かを見たいなら外の景色を見るしか無くいつか食べたいグルメやいつか楽しみたい娯楽を想像しながら遠くを見つめ動く物を目で追い続けるという大変徳が高い遊びをたしなんでいてその為戦闘とは無縁のアンにも見る事が出来たのだ。

「アン様、自分の正体を明かしたい人以外には決して『女神』などと自分の正体を明かさないでくださいね?」

ユウタはアンに釘を刺しておいた。

「分かってるわよ!私はそこんところしっかりしてるんだから!」

アンはそうは言っても時折ときおり口走くちばしりそうになるのだった。

*(アンならついかっとなって我を忘れてしまった時に自分を大きく見せようとして口を滑らしかねないだろうから釘を打っておいて正解よ、ユウタさん)*

ティアラもアンの特性を見抜いていた。

2/83.「で、あれ誰なの?」

「で、あれ誰なの?」

アンはユウタに交代の人が誰なのか訊いた。

「あれはきっとバドでございます。彼は臆病な性格でございまして戦闘には不向きなのでございますが逃げ足の速さだけは本人も自慢しており夜間の見張り役に立候補しているのでございます」

まぁいくら本人の逃げ足が速かろうと馬に乗って移動するのだから見張り役としては馬の速さの方が大事なのだがこれを指摘すると本人は絶対にねてしまうから村では禁句になっている。

また夜間の見張りは実入りが良いし戦士にはプライドが有って夜間には攻めてこないからそれも見越して夜の見張り役に立候補しているのだった。

ちなみに他の部族もユウタが見張りの時に来る方が話がしやすく問題も起こり辛いからそう心掛けていて夜間に誰も来る心配がほぼ無かったのも大きく争いが怖くて村の皆に褒められて実入りも良いからバドにとっては天職だった。

「え?でも馬に乗ってるから逃げ足とか関係無いんじゃない?」

アンは自分がごろごろする為に適当に言い訳を作る癖が有りそれも有ってか妙に小賢こざかしいところが有り瞬時しゅんじに気が付いてしまった。

「それは左様でございますがねてしまいますので決して本人には言ってはいけませんよ?禁句でございますので」

ユウタはアンにその事も釘を刺しておいたものの――。

「それは可愛いわね!」

――禁止されればされる程逆にしたくなるという性格のアンは本人に指摘するのが楽しみで仕方が無くなっていた。

そしてバドが近付いてくると――。

3/83.「早く来てー!」

「バドなんとかー!早く来てー!」

アンは両手をメガホンの様にして大声で声を掛けてしまった。

というのもアンは早く国を造る為この場をはなれたかったのだ。

(な、何だ……!?ニンか……?)」

しかしバドは大声を出すのが苦手だし声を出して敵に見つかるというのは見張り役として一番してはいけない事なのは重々じゅうじゅう分かっているから大きく手を振ると馬のお尻をとんとんし小走りで向かった。

(まぁ大丈夫かな……」

ユウタは女神であるアンの機嫌をそこねたくなかったし大丈夫な範囲内なら出来る限り自由にやらせてあげたかったから許容し見守る事にした。

「バドなんとかー!早く早くー!」

アンはバドが近付いてくると手招きした。

(ニ、ニンじゃない……!だ、誰だ……!)」

バドもさすがにシェイクの隣に居る女性がニンどころか全く知らない女性だと気が付いた。

「シェイク……!この子は一体……!」

バドは馬から降りたのだが今さっきまで馬に乗っていただけなのだが妙に息切れしていた。

そしてアンはバドに「この子」と言われそれを打ち消そうとし――。

「あんたがバドなんとかね!私はめが――」

(バドなんとかって……)」

――早速自分の正体を口走りそうになったから――。

4/83.「お気を付けください」

「アン様!初対面しょたいめんでございますので口の利き方にお気を付けください!」

――手をアンの口の前に距離を取って被せる様にしてそれ以上しゃべらせない様に疑問に思われない様なアドリブを言いながら制止し――。

「自分の正体についてお話しする際はお気を付けください」

――ユウタはアンに気を付ける様にと耳打ちした。

ちなみにユウタはアンが偉い人物であるという事を隠そうとは思っていないし隠す必要も無いと思っていてバドの前でも様呼びをしている。

「そ、そうだったわね……!気を付けるから……!」

アンはユウタに言われて「そうだった!」と思い出した。

まぁアンは人見知りだしただでさえ勇者に会うという事にチャレンジ中なのだからてんぱっていてついうっかりしていたのだった。

まぁ正確には「『この子』って何よ!失礼ね!私は女神なんだけど?」と言いたくて正体を明かしてはいけないという大事な事を忘れてしまっていたのだった。

「私はアンよ!バドなんとか!私の事はアン様って呼びなさい!」

でもアンは結局偉そうに自己紹介してしまった。

「バドだけど……でも何で僕の名前を知ってるんだ……?」

バドはアンが自分の名前を知っている事が不思議だった。

「こちらはアン様で、こちらはバドでございます。アン様には交代の人が来るからって話して教えたんだ。それとアン様は高貴な客人だから失礼が無い様にしてくれると助かる」

ユウタは両者に改めて両者の名前を教えバドに説明し失礼が無い様にしてほしいとお願いした。

「わ、分かったよ……!」

(シェイクが様呼びするぐらいだからよっぽど偉い人なんだろう……でも僕だってシェイクにはいつも助けてもらってるんだから頑張らなくちゃ……!まぁ次の交代の人が来るまで僕はここからずっと動けないんだけど……!)

バドはシェイクに日頃の感謝を返せる様に頑張ろうと思った。

5/83.「宜しくお願いします……!」

「僕はバドって言います……!アン様宜しくお願いします……!」

バドは勇気を振り絞って兵士の如く自己紹介した。

「あんたも良い感じじゃない!その調子で頑張りなさいよ!バドなんとか!」

アンはバドの肩をばん!ばん!と叩いた。

(痛いし名前間違ってるし……!)

アンが繰り出している手のひらでの肩パンチ背中パンチは傭兵や兵士、戦士達の和気あいあいとした場面で目撃したもので当然彼らのパンチを参考にしているから親愛の証ではあるのだが自分がされた事が無いから加減が分からず物凄い威力になっていた。

「ありがとうございます……あとバドです……」

気弱きよわなバドはまだアンの性格を知らないから感謝という名のアンの態度が増長してしまう事をしてしまった。

「褒めて遣わすわ!あとあんた自分の名前を何回言うつもりなの?バドなんとか!」

アンの中ではバドはもはや「バドなんとか」だった。

「バドです……」

バドは自分の名前は2文字だし覚えてもらいやすいと思っていたのだがこうも覚えてもらえなかったのは初めての事で心の中で泣いた。

ちなみにアンはバドの事を馬鹿にしている訳ではなく、いや馬鹿にはしているのだがユウタにだって打ち解け合うまでは「シェイなんとか」と呼んでいたしいつもの事だった。

6/83.「私にも見せて!」

「あ!そうだ!逃げ足が速いって聞いたんだけど私にも見せて!」

気分を良くしたアンはバドの特技を思い出し特技疲労会の如く目の前での全力疾走ぜんりょくしっそうを要求した。

(えー……!)

バドは逃げ足が速いと言っても本人に体力が有る訳ではなく運動も苦手だったから拒否したいところだったのだがシェイクの客人からの要求の手前断り辛く――。

(シェイク……!)

――ユウタにヘルプの目線を送ったのだが――。

(バド、必ず埋め合わせをするから今はアン様の言う通りにしてほしい……)

――ユウタも目線を送りまぶたを閉じてうなずく様にしてバドにお願いした。

(わ、分かったよシェイク……!)

バドは覚悟を決め――。

「分かりました!頑張ります!」

――宣言した。

「そうこなくっちゃ!じゃあ向こう行ってちょうだい!」

バドを手で追い払った。

「分かりました……!――ここから走りますか?」

バドは距離を取り――手を上げて確認しようとした。

「もっと遠くよー!もっともっとー!」

アンはバドに十分に距離を取らせて――。

(どこまで離れれば良いんだ……)

――バドは途方に暮れつつもアンに従いうしろに下がり続け――。

「そこよー!ストップストップー!」

――ついにアンの許可が出た。

7/83.「私が『』って言ったら走ってきなさいよー?」

「じゃあ私が『よーいどん!』って言ったら走ってきなさいよー?良いわねー?」

アンはバドにスタートの仕方を教えた。

「分かりましたー!」

バドもシェイクの手前やる気に満ち満ちていた。

「それじゃあ位置に着いてー!よーい!どん!」

アンが号令を掛けるとバドが全力疾走で物凄い早さで向かってきた。

*バドの速さは古代の履物と素人フォームで100メートル12秒台前半、現代のランニングシューズとトレーニングと正しいフォームで10秒台前半、追い風次第で10秒を切れる程の逸材いつざいだった。*

*「早いですわ」*

*「確かに早いですよね。彼の足がこんなに速かったとは驚きました」*

*「まぁな!でもあたしの方が早いけど!」*

プリシラ達はバドの全力疾走に驚いていた。

そしてバドは走り切ると――。

「シェイク……!アン様……!どうでしたか……?」

――ユウタとアンの目の前で両膝に両手を突いて息切れしているがアンは腕を組み難しそうな顔をしていた。

「んー!本当に速いのかあんまりよく分かんなかったわ!」

アンはバドが直線で向かってきたから速いのかよく分からなかったのだ。

「えー……!?」

バドもさすがに不満が声に出てしまった。

8/83.「横から横に走ってみますか?」

「それでは横から横に走ってみますか?」

様子を見守っていたユウタが左右に方向を指差しながら解決策を提案した。

「それが良いわね!そうしましょ!じゃあほらあっち行って!」

アンはそれが名案だと思い早速バドを行く方向を指差してから再び手で追い払った。

「ユウタも何してるの?速さを比べたいからバドなんとかと一緒に走って!」

アンはユウタに顔を向けると「ユウタも走る様に」と言った。

「畏まりました。しかし私は負けてしまうかもしれないと思うのでございますが宜しいのでございますか?」

ユウタはアンの指示に素直に従いたいのだがバドに勝てるとは思っていなくてがっかりされてしまわないかが心配だった。

*「なぁ、ユウタって足速かったか?」*

*「分からないです。考えた事も無かったです」*

1号も2号もユウタの足の速さなど考えた事も無かった。

*「ねぇ、彼は足速かったかしら?」*

プリシラはティアラに訊いた。

*(彼って一体……?)*

1号達は疑問に思った。

*「獣人族程ではなかったけれど速かったわよ」*

ティアラは思い出した様に言った。

*「あの、彼って一体誰の事ですか?」*

1号はティアラに訊いた。

*「それは秘密♡」*

策士ティアラは一瞬「それは秘密♡」と言うか迷いその「この子達は知らないだろう」と思いやっぱり言おうかと思ったのだが未来の事を考えやっぱり言わないでおこうと思ったのだった。

8/83.「私は『』なんかで勇者を変えたりはしないわよ!」

「私は別に駆けっこなんかで勇者を変えたりはしないわよ!私が走ったら多分転んじゃうし……だから心配しないで!」

アンは既にじょういていたし「駆けっこで負けたから勇者をくびにした」などとティアラ達に報告出来る訳も無いしそもそも駆けっこの速さを意識した事やそれを評価軸にした事も興味すらも無かった。

というのも人見知りのアンは無邪気に泥んこ遊びをする子供の神達を見て「私は子供っぽい遊びなんてしない!私には友達なんて要らない!」などと神の幼稚園時代から豪語している程で意外とませていたのだった。

でも本当は羨ましかったアンは先生と遊んでいたのだった。

何よりアンは他にユウタ以上に優しくしてくれる勇者を見付けられるとは思えなかったしユウタとなら上手くやっていけそうな気がしていたしすぐにくびに出来るような薄情はくじょうな女神でもなかった。

「畏まりました。それでは行ってまいります」

ユウタはがっかりされるリスクを承知で走る事を決意した。

「その意気よ!頑張って!」

アンはユウタには勇者としてベストを尽くしてほしかった。

*「ここで見納みおさめにならねぇと良いな」*

*「そうですね。祈りましょう」*

1号達はここでユウタが負ければ勇者をくびになる可能性は有ると思っていたしその事を懸念しつつ1号はここで見ている皆にも彼の醜態を晒したくなかったのだがむしろそれで解放されるなら良いとも思っていた。

*「大丈夫かしら」*

プリシラは心配していたが――。

*「きっと大丈夫よ」*

――ティアラはあのアベルと瓜二うりふたつのユウタのステータス画面をもう一度見てからバドのステータスも見た後ユウタなら地球に来る前が魔法の世界でチーター族の獣人だったバドの脚力きゃくりょくにもこの世界というハンデが有る状態なら太刀打たちうち出来るかもしれないと謎の自信が有ってそう言った。

9/83.「ここよりもっと後(うし)ろですかー?」

「アン様ー!ここよりもっとうしろですかー?」

バドはスタート位置を確認しようとしていた。

「その辺で良いわよー!」

アンにとっても十分な距離だった。

「シェイクも走るの?」

バドは自分が居る所へ歩いてきたシェイクに訊いた。

「うん。でも付き合わせてしまってごめんね」

ユウタはバドに謝罪した。

「良いんだよこれくらいの事なら。シェイクはアン様をもてなさないといけないんでしょ?」

バドはシェイクの立場や苦労を理解しようとしてくれていた。

「うん。この埋め合わせは必ずするから」

ユウタはちゃんとバドに埋め合わせをするつもりだった。

「もう十分してもらってるよ。友達なんだしシェイクは族長なんだから気にしないで」

バドは既にたくさんシェイクに感謝していた。

「そう言ってくれて助かるよ。――アン様ー!ここからどこまで走れば宜しいのでございますかー?」

ユウタはアンにゴール地点を訊いた。

10/83.「『』まで走ってきてー!」

「それまだ決めてなかったわねー!じゃー。――ここよー!私がいる所まで走ってきてー!」

アンはゴール地点をどこにしようかと歩き決めると大手おおでを広げた。

(この距離ならいけるかもしれない……!)

ユウタはアンがいる場所までの距離を考えて勝てる可能性が有ると感じていた。

「畏まりましたー!――じゃあ線は僕が引くね」

ユウタは線引きを申し出た。

「うん。お願いするね」

バドは線引きをユウタに任せた。

「それにしても駆けっこで真剣勝負をするのは初めてだね」

ユウタは線を引き終えるとお互い青年になってから駆けっこをする機会が無かった事を思い出し言った。

「そうだね。僕ら子供の頃は勝ったり負けたりだったと思うし、今は僕はこんな見張りぐらいでしか皆の役に立ててないけど『逃げ足』だけは負けないよ」

バドにも譲れない誇りが有った。

「僕だって負ける訳にはいかないんだ」

ユウタもアンの手前絶対に負けられなかったし入念に体をほぐした。

なつかしい。昔から気になってたんだけどそれやる意味有るの?」

バドはユウタがストレッチし少し助走を付けて練習している様子を見て懐かしいと思ったがそれと同時に疑いも思い出した。

「走ってみれば分かるよ」

ユウタはそれが効果が有るかどうかを結果で示そうとしていた。

11/83.*「まるでメスを巡(めぐ)るオスの戦いの様ですわ」*

*「まるでメスをめぐるオスの戦いの様ですわ」*

プリシラは皮肉を言った。

*「じゃあ私行ってきても良いかしら?」*

ティアラはアンが羨ましく思い自分もざりたくて本当に行こうとして立ち上がろうとした。

*「駄目ですわ!立場に相応しい言動をお心遣こころづかいになって!」*

プリシラはティアラの体を魔術を阻止する魔法妨害を掛けながら両手でおさえテレポートを阻止した。

*「けち……」*

阻止されてしまったティアラは少しねてしまった。

「もう号令掛けるけど良いー?」

アンもさすがに空気を読んで待っていた。

まぁバドに全力疾走をさせたばかりだったしちゃんと休憩時間を与えてユウタだってずっと座っていたから練習する時間も欲しいだろうと思ったしのちに自分の勇者であるユウタにいちゃもんが付かない様に正々堂々と勝負をさせたかったのだ。

「わたくしは宜しいですよー!」

ユウタは準備が出来ていた。

「僕も準備出来てまーす!」

(準備って僕は何もしてないけど……!)

バドもいつでも走られる用意が出来ていた。

「バド、正々堂々と戦おう」

ユウタはバドと真剣に勝負したかったしバドが何かずるをしてくるとも思えなかったし自分がずるをしようとも思っていなかった。

「はい!シェイク!」

バドもユウタとの真剣勝負が楽しみだったしユウタを信頼していて何かずるをしてくるとは思っていないし自分がずるをしようとも思っていなかった。

12/83.「それじゃあいくわよー!」

そしてアンは――。

「それじゃあいくわよー!位置に着いてー!よーい!どん!」

――号令を掛け始めユウタ達は線の手前で横並びになってスタート姿勢を取りアンが開始を告げると――。

――ユウタ達は一斉いっせいに全力疾走を始めた。

(僕はこの足の速さで絶対に村の誰にも負けられないんだ……!)

ユウタの「努力でる理想のスタート」もむなしく才能がまさっているバドがリードした。

(僕だってアン様の為に負けられないんだ……!)

しかし速筋しか鍛えていなかったバドは減速してきたもののこのままでは到底追い付けそうにもなくユウタはゴール後の事を一時忘れ全身全霊でバドに食らい付いていった。

その一方で負ける事が不安だったバドは自分の隣を見て安心すると少し振り向けばすぐうしろにユウタがいてあせりさらに力を込めて加速させようとしたのだが――。

(アン様の為に……!)

減速の方が大きくその一方でユウタはどんどんアンに近付いていくごとに使命感から100%以上の力を出していき遅筋もちゃんと鍛えていたから減速する事無くついにバドに追い付きそしてアンの目の前で見事に追い抜きゴールした。

「やった!ユウタが勝った!」

アンは安心し喜んだのだがユウタは余力で駆けていくととっくに力を使い果たしていて制御する事無くそのまま地面にばたん!と倒れた。

「ユウタ……!」

アンは倒れたユウタを心配し駆け寄った。

13/83.「僕の……完……敗……だよ……はぁ……はぁ……」

「僕の……『』……だよ……はぁ……はぁ……」

バドはユウタの近くで止まると両膝に手を突き激しく息切れしながらアンが駆け寄っているユウタを見つめた。

*「全力でしたわね」*

プリシラは感心した。

*「あたしも走りたかったぜ!」*

2号にとって正々堂々と勝負し良い汗をかく事は至福だった。

*「ほらね、大丈夫だったでしょ?」*

ティアラはプリシラに微笑んだ。

*「ええ、そうですわね……」*

プリシラはティアラに微笑まれても嬉しくなかったし何より悲劇を繰り返さない為にもユウタがティアラにより気に入られる事の方がまずかった。

「バド……付き合ってくれて……ありがとう……これを……受け取ってほしい……」

ユウタは力を振り絞り立ち上がるとバドに近寄りポケットの巾着きんちゃくから縦長の豆粒のきんを出すと手渡そうとした。

「こ……こんなの受け取れないよ……!」

バドは別に何か見返りを求めていた訳ではなく受け取ろうとはしなかった。

「これが……埋め合わせだから……何かの役に……立ててほしい……」

ユウタは珍しく強引な手段に出てバドのポケットにしゅっと入れた。

「シェイク……!」

バドはきんを貰えるとは思っていなかったし困惑していた。

*ちなみにユウタがバドに渡したきんの価値は現代換算で言えば3万円程度なのだがアンの接待というかアンの迷惑料としてわずか10分足らずの間に3万円を稼いだと考えれば高報酬だったしこれ以上あげていたら楽して金を稼ぎたいバドの性格からして自ら従者志願をしていた可能性が有り3万円相当がベストだったのだ。*

「それでは……行きましょう……アン様……」

ユウタは力を振り絞りながらアンを連れて村に帰ろうとした。

「分かったわ!そうこなくっちゃ!ユウタもバドなんとかもご苦労さん!」

アンはついにここを離れられると分かりテンションが上がりユウタとバドの事をねぎらった。

14/83.「で、これからどうするの?」

「で、これからどうするの?私は次に何をしたら良いのかさっぱり分かってないんだから!頼んだわよ!」

アンは荷造りしているユウタに今後の事を訊いた。

*(アンを観ていると昔の私と重なって本当に恥ずかしいわ……)*

ティアラは昔の自分と重なるアンの言動を観ていて共感性羞恥を感じていた。

「村に帰って食糧や物資など荷造りいたしましたら目的地へ向けて出発なさいましょう」

どのみちユウタは村に荷造りする為に村に帰らなきゃいけないし長老などに話を通しておく為にも村に帰らなければいけないのだ。

アンは早速現地へ行くと思っていたからちょっとがっかりしてしまった。

*「旅には準備も手続きも必要なのにアンったら分かっているのかしら……」*

ちなみに昔のティアラだったら胸倉むなぐらつかんで「早く連れてかないと殺すわよ?」と言っていた場面だし駆けっこに負けていれば馬乗りになってばしばし叩いては殴るだけではなく電気魔法を放って全身をびりびりにまでしていたからまさしく「女神学校の問題児、ここにり」だった。

*「わたくしが知る限り、こんな我がままな女神はたまにいるものですわ」*

プリシラはティアラにだけ伝わるジャブを繰り出した。

*「あら、王子との結婚を断って聖教会の勇者との結婚も断って挙句あげくてに聖女すら辞めちゃって、実家から勘当かんどうされて人間まで辞めちゃって、そんなこんなでながらく貴族ですらないのにずーっとその時の地位にしがみ付く様にお嬢様言葉を使い続けてる天使だってたまにいるものよ」*

ティアラはプリシラにお返しの右ストレートを繰り出した。

15/83.「おいおいおい!大丈夫かよ!」

*「おいおいおい!大丈夫かよ!」*

*「まずいですね」*

ティアラとプリシラが喧嘩しそうになってしまい1号達は慌てた。

*「表にお出になって。もちろん手加減はしませんわ」*

プリシラはティアラに長年の鬱憤うっぷんをぶつける様にして本気で喧嘩するつもりだった。

*「天使の分際ぶんざいで世界神の私と本気で戦えるとでも?」*

ティアラもティアラで見下していたアンが物凄く良い、ティアラ基準で言えばアベルの代わりになる勇者を手に入れ順調にいっているのを見ていらいらしていてらしする為にも喧嘩上等だったからリモコンをモニターに向けて停止ボタンをぴっ!と押し映像どころか時間自体を止めた。

*「まぁまぁまぁ!今は後輩の天使とか大勢いるんだし、せっかくの上映会なんだから今はアン様の動向に集中しようぜ!このあとどうなるのか気になるしよ!それでも喧嘩してぇなら観終わったあとで他に迷惑が掛からねぇ程度で好きなだけしたら良いんだしよ!」*

荒くれ者の界隈かいわいを渡り歩いてきた2号には喧嘩の仲裁などお手の物で大体だいたい口論の様な小さな火種ひだねは少しすれば落ち着くものなのだ。

*「そうですわね……」*

プリシラには先輩として後輩の手本にならなければいけないという責任感を刺激する「後輩の天使」が効き――。

*「そうね。ついかっとなってしまったわ。皆さんごめんなさい。それでは続きを見るとしようかしら」*

――ティアラにはかつてアンの様に娯楽に生きていた時が有ったし誘惑を刺激する「このあとどうなるのか気になる」が効いたのだった。

*(さすが2号ですね。やはり荒事あらごとは2号に「お任せ」です)*

1号は2号にグッジョブのサインを送った。

*(あったりめぇよ!)*

2号は応える様にして頷いた。

16/83.「ちゃっちゃと済ませてちょうだい!」

「分かったわよ!でもちゃっちゃと済ませてちょうだい!1週間よ1週間!」

アンとしては色々すべき事が有るのは分かったが急いでほしかった。

「承知しております。ところでアン様、馬に乗るのは初めてでございますか?」

ユウタはアンが乗馬の経験が有るのか訊いた。

「私は女神なんだから初めてに決まってるわよ!」

アンの場合ただ単に馬に乗った事が無いだけで大半の女神はいずれ経験する事なのだ。

「それではアン様、馬には自力でお乗りになりますか?それともわたくしに抱っこされてお乗りになりますか?」

>

ユウタはアンに乗り方の2たくを提示した。

もちろんユウタは我がままなアンは自力では馬に乗ろうとせず後者を選ぶと思っていた。

*(あ……)*

ティアラは自分にも似た様な場面が有った事を思い出したがアンの天使達にも教育をしなければいけなくて――。

*「これはポイント高いわよ」*

――ユウタの言動について見解けんかいを述べた。

*「ですわね」*

プリシラも同感だった。

*「何でですか?」*

*「確かに何でだ?」*

1号と2号はその訳が分からなかった。

*「女神のテレポートを当てにしていないからよ」*

ティアラはすぐにその訳を教えた。

*「ですわ」*

証人の如くプリシラも同意した。

*「そうなんですね」*

*「へー」*

1号達も納得した。

*その勇者が女神の力を当てにしているかどうかは1つの評価項目でもちろん理想の勇者とは女神の力を当てにしていなくてそうであるべきだというのが普通で自力で解決してくれる方が楽だしそれこそが真の自動化であり裏方に徹したい神からすればやはりそれが理想の勇者というものだった。*

*ちなみに極一部ごくいちぶだが無能な勇者が好きな女神もいてその様な頼られたりお世話するのが好きな女神にとってはその限りではなく有能で自立している勇者とは真逆の自立出来ず自分で考えられない駄目勇者が人気でありその様な勇者の需要も有るのだった。*

17/83.「じゃあ……抱っこ!」

*「じゃあ……抱っこ!」*

アンは恥ずかしながらも抱っこを選んだ。

*「おいおいおい!あの女神様が恥ずかしがってるぞ!」*

ほぼ初期メンバーの2号からしても女神が恥ずかしがっているのを見るのはとても珍しい事だった。

*「おさない頃おねしょしていた事を告白した時もあんな感じでした」*

1号はアンを可愛がっている事も有り暴露の如く爆弾発言をした。

*「おー!まじか!」*

2号は驚いた。

というのも2号は地上担当だったから家での事はあまり知らなかったのだ。

*「そうね~そんな頃も有ったのよね~」*

ティアラは手を頬に当てながらアンの女神学校時代やそれ以前の事を懐かしみ――。

*「でも時がつのは早いものね~もう勇者と乳繰ちちくり合ってねんごろするとしになるなんて」*

――羨ましくも有り感慨深かった。

ちなみにティアラがそこら中に顔を出していたのは誰がいるのかを把握するスパイ活動の一環であり顔を売っておきいざアベルが現れたら取引で手に入れる為だったのだがこれについてはプリシラも許容するどころかむしろ推進していた。

*「ごほん!はしたないですわ」*

プリシラは咳払せきばらいした。

*「貴方には早い話だったわね」*

ティアラは遠回しにプリシラが処女な事を揶揄からかった。

*「貴方もですわ。本当は年増としまばばぁの癖に若い神々にもため口を強要なさって若作りなさっていて、痛々しいですわよ」*

プリシラも喧嘩上等で――。

*「何だってー!?」*

売り言葉に買い言葉でまた口喧嘩から発展しそうになってしまった。

18/83.*「映像に集中集中!」*

*「おいおいおい!映像に集中集中!」*

*(ほんと何なんだよ!こいつらこれでも科学の世界をべる世界神様にその天使長様なのかよ?)*

2号はティアラとプリシラの地位にそぐわずまるでそこらにいる普通の神と天使というか、それどころか普通の女子友達の様な言動にあきれこのあとも喧嘩の仲裁に何度も入る羽目はめになるのだった。

*「それではうしろから抱っこさせていただきますのでどうかご安心なさってわたくしの両腕に御身おんみをお預けください」*

ユウタはアンの背後に回ると左腕をアンの膝に右腕をアンの背中に優しく当てて持ち上げようとしそのまま身を預る様にとうながした。

*「分かったけどそれ以上変なとこ触っちゃ駄目なんだからね!」*

アンはそのまま身を預ける事にしたがこれ以上異性にさわられるのは恥ずかし過ぎてどうにかなりそうになっていた。

*「承知しております。お任せください」*

ユウタはこの魔法が使えない世界で身体強化も無い状態で両足で踏ん張り両腕に力を込めアンをお姫様抱っこしていった。

*(それはお姫様抱っこじゃないの!私が馬に乗る時にいつもアベルにさせていた事だったわね……)*

ちなみにアベルに乗馬を教えてもらい自力で乗れる様になっている現在のティアラの場合でもお姫様抱っこしてもらう為に結局自分で乗るのを拒否してしまうのだった。

*「わ……!私ってもしかして重かった……!?」*

こうなるんだったら体重とかもっと気を付けてたのに!

アンは初めて自分の体重について気にして「こうなるんだったらちゃんと運動とか食事制限とかしてたのに!」と後悔していたのだがアンはよくフルーツを食べていたしごろごろに飽きたら「仕事してくる!」と言ってひたすら目的も無く歩き続けるというこれまた徳の高い事をしていて「今日もまたいつもの『散歩』ですね……」と尾行されている事に気付かず1号達に呆れられていたのだがそんな訳でアンは健康的で痩せていたし戦士でも無いから筋肉も付いていない分軽かった。

*「大丈夫でございますよ。素敵でございます」*

ユウタは「大丈夫でございますよ。村の女性達と比べても、痩せている幼馴染のニンよりも軽いぐらいでございますので」などと言って禍根かこんを残すのは良くないと思ったし褒めなければいけない場面の為「素敵でございます」で上手くまとめようとしたのだった。

*「ふふふ。やっぱり?」*

褒められたアンは案のじょうい気になったのだった。

19/83.*「バランスをお取りください」*

「はい。左様でございます。それでは馬にお乗りになりましたら落ち着いてどこか好きな所をつかんだり両手をえるなどなさってバランスをお取りください」

ユウタはアンを馬の背中の高さまで持ち上げるとお尻が馬の背中の真上にくる様にしそのままろしていき後は膝下ひざしたの腕を引くだけで完了というところまでいった。

「分かったわ!」

アンは両手を馬の背中に添えたが最悪の場合馬の背中にうつ伏せになってしがみ付けば落ちずユウタが助けてくれるだろうと思っていた。

「背中は支えておきますから膝下の腕を引きますね」

ユウタはアンの膝下の腕を引こうとして――。

「分かったわ!――わぁっ!私、お馬さんに乗るのって初めて!」

――引き抜くとそのままアンのお尻は馬の背中に乗りアンは驚いた。

「上手でございますよ。その調子でございます」

アンは本を読むのも勉強をするのも今までずっと避けてきたし遠くを見る為少しでも高さを稼ごうと背筋を伸ばしていたからその甲斐かいが有って全く猫背になっていなくて乗馬が初めてにしては中々に立派な座り方になっていた。

「私パニックになりそうなんだけど!これ落ちたりしないよね?お馬さんが急に暴れたりしないよね?」

アンが思い出すのはやはりユウタと出会った時の馬が驚き前足を上げ「ひひーん!」としていた姿で暴れられたらどうしよう、落ちたらどうしようとパニックになりそうだった。

「大丈夫でございますよ。ご安心なさってください。わたくしが付いておりますので」

ユウタはアンの背中を片手で支えながらアンのうしろで馬に乗った。

「ちょ、ちょっと……!」

アンはユウタが突然自分のうしろに乗って恥ずかしくてどうにかなってしまいそうだった。

*(良いわ~羨ましい)*

20/83.「またいつか」

「それじゃあバド、またいつか」

ユウタはバドに挨拶した。

「うん、またね」

バドはせつなかったがユウタにはユウタにしか出来ない使命が有るのだろうと分かっていた。

「アン様もどうかバドにお言葉をお掛けなさってください」

ユウタはアンが後悔してほしくなかったから協力してくれたバドに何か一言でも声を掛けてあげてほしかった。

実際もしアンが何も言わなかったらのちに「私も何か言っとくんだった!」と後悔するのだった。

「そうね~――バド!あんた駆けっこだけが特技だったらなんか可哀想だから暇な見張りしてる間になんか女の子にもてそうな手芸でも筋肉でも武術でも磨いときなさいよー!」

アンはお節介な助言をしたのだがのちにこれがバドの人生を変える金言きんげんとなるのだった。

「助言ありがとうございます。あと『バドなんとか』じゃなくて『バド』ですよー。って、あれ!?あれー!?」

バドもついにちゃんと名前で呼んでもらえたのだった。

「行くよ、バーサル」

ユウタが馬の名を呼び手綱たづなを引くと――。

「バッシュ!」

――鼻息で応じた馬のバーサルが村へ向けてあゆみを始め――。

21/83.「私初めてなんだからゆっくりよ……!」

「ちょ、ちょっと……!私初めてなんだからゆっくりよ……!ゆっくり……!」

――アンは馬が歩き始めたので戸惑とまどってしまった。

「承知しておりますとも」

ユウタはちゃんと最初からそのつもりだった。

(シェイクはもてて良いなぁ……でも幼馴染がいるのに大丈夫なんだろうか……)

バドは村へと去っていくユウタ達のうしろ姿を見て修羅場しゅらばを心配したのだった。

*「順調ね。勇者も女神もはくが付くわ」*

*「そうですわね」*

ティアラもプリシラもアンが魔法を使えば簡単に馬に乗れるというのに一切魔法を使わずに勇者の導きで事態が進んでいる事に安心していた。

*「何で箔が付くんですか?」*

1号が訊いた。

*「女神も勇者も魔法を使わない方が評価が上がるのよ」*

*「そうだったんですね。それなら良かったです」*

1号はそういう事ならアンが自分が女神として魔法を使える事自体をすっかり忘れていそうでむしろ好都合だと思ったのだった。

そもそもアンにはテレポートを除けばすっかり地上に馴染なじみ自分が魔法を使うという発想自体が無かったのだが女神が力を発揮しない方が勇者が女神の魔法に頼らずまた女神も勇者を甘やかさず自分も楽をしなかったという点で勇者だけでなく女神の功績も上がるからむしろその方が都合が良くのちに「武勇伝(笑)」になるのだった。

22/83.「お楽しみください」

「アン様、道中どうちゅうは乗馬やそのながめをお楽しみください」

ユウタはアンに楽しんでほしかった。

「分かったわよ……!でも楽しんでる余裕なんて全然無いんだけど……!」

アンは高い所が苦手だし異性として意識してしまっているユウタに褒められたり自分の為にあれだけ頑張ってくれたりお姫様抱っこされたりこうして密着して一緒に乗馬しうしろから包まれている感覚で恥ずかしくて気が変になりそうになっていた。

「左様でございますか。まぁいずれ慣れるものと存じますのでご安心ください」

ユウタはアンが妙に焦っていて「ははは!」と何だか愉快ゆかいに思っていたのだった。

「だと良いんだけどね……!」

(何で私がこんな大変な事ばかりしてんのよ……!あれもこれも全部ママのせいなんだから!)

アンは若干きれ気味で返事をしたのだが実際に心の中でティアラに対して怒っていたのだった。

「ねぇ……まだ……?」

アンは何もしていないし日頃からごろごろと自由奔放ほんぽうに生きているアンからすればすでに大冒険の域であり疲れ切っていて同じ質問を一定間隔かんかくで繰り返していた。

「もう少しでございますよ」

長時間の移動が当たり前のユウタと一瞬でテレポート出来てしまうアンの「もう少し」という感覚には大きなへだたりが有った。

「そう……ねぇ……まだ……?」

アンは忍耐弱いしそろそろ本当に限界だった。

「見えてきましたよ。あれがわたくし達の村でございます」

ユウタはアンに朗報ろうほうを伝えた。

「え……あ!ほんとだ!」

アンは落ち込むのが早ければ元気が出るのも早いのだった。

23/83.「おかえりー!」

そしてユウタとアンは村が見えてきて――。

(ん?誰か分からないけどまた保護したのかな)

――いつもの様にユウタが帰ってくるのは今頃だろうと待っていたユウタの幼馴染はユウタの前に女の子がいるのに気付きまた保護でもしたのだろうと思い――。

「シェイクー!おかえりー!」

――いつもの様に遠くからおかえりの挨拶をした。

(え!?何!?)

アンは声を掛けてきた女の子を凝視ぎょうしし心の中でざわめきを覚えた。

*「いよいよね」*

ティアラは修羅場の予感にわくわくしてきた。

*「そうですわね」*

プリシラは修羅場や痴話喧嘩ちわげんかまったく興味が無くわくわくしていなかった。

*「ニンはああ見えても結構血のが有るからな」*

*「そうですね。根性が有ります」*

1号も2号もニンがそう易々やすやすとアンの事や旅立ちの事も受け入れるとは思っていなかった。

*「へ~そうなの」*

*(中々なかなか使えそうじゃない)*

*(ふん。また嬉しそうですわよ)*

ティアラは良い事を聞いたと思いプリシラはそのティアラの心のうちを見抜いていた。

24/83.「あの子は誰?」

「あの子は誰?ってユウタ名前有るじゃない!」

アンは「シェイク」が何かをもう忘れていた。

*「アンはもう忘れてしまっていたのね……それにしても不穏ふおんな予感がするわ……アンと仲良くしてくれるといのだけど……」*

*(あの子をどうき付けようかしら。早くアベル2号が欲しいわ)*

*「そうですわね」*

*(本当はそんな事思っていらっしゃらない癖に。どうせ彼を殺す気なんでしょう。この腹黒ばばぁ本当に邪悪ですわ)*

プリシラにはアベル以外で心の隙間すきまめ様などという気はさらさら無かった。

「名前につきましては先程も申し上げましたが『シェイク』は村の長(おさ)としての肩書きでございましてこれは初めて申しますが彼女はわたくしの幼馴染のニンと申す者でございます」

ユウタは呆れる事も無く優しく教えた。

「あ~!なんかそんな話したわね!もちろん私は覚えてたわよ!念の為よ!念の為!」

アンはこういう時取りつくろってしまうのだった。

*「あの子ったら素直になれないんだから……」*

ティアラ達はまたアンの言動に呆れてしまった。

「左様でございましたか」

ユウタはアンの性格を受け入れていてもはや些細ささいな事だった

「でも幼馴染がいたのね」

な、何この感じ!

アンの中でざわめきが加速していった。

「左様でございます」

ユウタはアンに好かれているとは思っていなくて当然アンがもちを焼いている事もニンからも好かれているとも思っていないからニンもそうなってしまう事にも考えがおよんでいなかった。

25/83.「その子は誰?」

「その子は誰?」

今日は珍しくニンが声を掛けてきた。

「ただいま、ニン。このお方はアン様。で、こちらがわたくしの幼馴染のニンでございます」

ユウタは馬から降りると手のひらしめす様にして双方に紹介した。

「そうよ!私がこの星のめ」

アンは握り拳rt>こぶしを胸に当て胸を張り自信満々に自己紹介しそうになるも――。

「あー!ちょっとちょっとー!違いますでしょう!わたくしのお客様なのでございますから自分の事を話す際は気を付けてくださらないと」

――どうしてもニンにマウントを取りたくて自分の正体を口走りそうになったからユウタは急いでそれをさえぎった。

「このほしのめ?」

ニンはアンが何を言っているのかさっぱり分からなかった。

「あ!そうだったわね!とりあえず私はアンよ!あんたよりも偉いの!アン様って呼びなさい!」

アンは自分の正体を明かさずに済んだもののどっちみちマウントを取ろうとして余計な事を言ってしまった。

「そ、そう……――」

(――シェイクはまた変なの連れてきちゃったって事ね……――)

ニンはアンはどこぞのお嬢様なのだろう、ユウタがこの村の為に接待したい人なのだろうと察した。

というのもユウタはどこぞの女傭兵やら女商人やら行商人や族長、特使とくしなどとの付き合いが有りよく交渉や接待をしていたのだ。

そしてニンは村の為にそんな事までしなくても良いのに、危ない事はしなくても良いのにと思っていた。

「――シェイクが紹介してくれた通りで私はニンです。アン様ようこそ遊牧民の東の村へ」

いつからかは分からないがこの村は「東の部族」や「東の村」などと呼ばれていてニンはシェイクの顔を立てる為に接待モードに入った。

つまりニンはアンの無礼な言動は大義たいぎの為多少は見過ごす覚悟をしたという事なのだ。

*「顔引きつってるけど我慢したのはえらいわね」*

ティアラは感心していたが本当はニンが切れて一気に険悪けんあくな空気になってほしかったし昔のティアラだったら胸倉案件だった。

*「そうですわね」*

プリシラはこの子ならティアラからの誘惑に負けないかもしれないと希望が持てた。

26/83.「たっぷりもてなして!」

「そう!来てあげたわよ!たっぷりもてなして!」

アンはちやほやされるのが大好きで村に来るのもそれを期待していたのだった。

「分かりました。それでユウタはこれからどうするの?」

ニンはユウタの家で食事を振る舞う予定だったのだがアンを連れて長老の家に行くかもしれないとも思っていたのだ。

「一先ず家に帰るつもりだよ」

旅立つ準備をする為だった。

「じゃあ一緒に帰ろ!」

ニンはいつも通り帰宅を誘った。

「うん。――それではアン様、家へ向けて歩きますがアン様もおりになりますか?」

アンに告げ一応アンも降りるか訊いた。

「分かったわ!でも私は降りないわよ!歩きたくないもん!」

アンはもてなしてもらう為ユウタの家に行きたかったのだが馬から降りて歩くのは絶対に嫌だった。

「畏まりました」

ユウタはニン、ユウタ、アンという横並びで移動を始めた。

「シェイク、今日はどうだったの?」

ニンはいつも通りユウタの1日を訊いた。

「僕はアン様と出会ってバドと駆けっこしたよ」

ユウタは今日有った事の要約をニンに話した。

27/83.「駆けっこって何それ」

「ふふふ。出会ったのは分かるけど駆けっこって何それ」

ニンは微笑みユウタも楽しそうに会話していて――。

(さっきからシェイクシェイクって……!名前は「ユウタ」なんだけど……!で、ユウタは私の勇者なのに……!このままじゃ私のユウタが幼馴染とかいう泥棒猫にられちゃう……!何とかしなくちゃ……!)

――それを見て嫉妬したアンは――。

「ねぇ!私もやっぱり降りる!」

ユウタに降ろしてほしくて言った。

ちなみにアンが今心の中で思った事をニンに言わなかったのはこの段階でユウタの幼馴染と戦うのはが悪く関係がこじれてしまったらまずいと本能でさとったからだった。

「はい。畏まりましたが抱っこでお降りになりますか?それとも自力でお降りになりますか?」

ユウタはユウタはあゆみを止め抱っこになるのが分かっていたが一応2択で訊いた。

「私が自力で降りられる訳が無いわよ!抱っこよ抱っこ!」

アンは不格好でも良ければ自力で降りられる気がするのだが、というか不格好なら自力で乗れた気もするのだが抱っこに味を占めていたからもはや抱っこ以外の選択肢は無かった。

「畏まりました。それではアン様の膝下に左腕を通しますので足をお上げになってください」

ユウタはアンをお姫様抱っこする為右腕をアンの背中に回し左腕をアンの左下に通そうとした。

「分かったわ!」

アンはユウタが言った通りにし膝下にユウタの腕が通った。

「それではアン様を降ろさせていただきます」

ユウタはアンをお姫様抱っこで降ろそうと力を込めた。

(え、シェイクは何してるの……?な、何なのよそれは……!)

ニンはアンの様に自力で乗馬も出来ない女ではなかったからこそユウタのお姫様抱っこをしてもらった事が無かったのだ。というか初めて見たのだった。

そして心の中が激しくざわついてしまった。

「任せたわ!」

アンはとりあえずユウタを信頼し最初のお姫様抱っこの時の様に身をユウタに任せ――。

「わぁっ!」

――浮いた事に驚き――。

28/83.「それでは手を離していきます」

「それでは手を離していきますので足を地面に着地させてください」

――ユウタはアンの着地を足元からかたむける様にしてうながし――。

「分かったわ!よい、しょっと!」

――アンはユウタが言った通りに着地した。

乗馬じょうばの次は下馬げばの達成おめでとうございます」

乗馬は降りるまでが乗馬でありユウタはアンの初の乗馬を祝った。

「どんなもんよ!褒めてつかわすわ!」

アンは両手を腰に当て有頂天うちょうてんになっていた。

(え、この子……てかこの女、ユウタにありがとうの1つも言わないの……?)

ニンはアンを敵と認識しアンからは泥棒猫だと思われているのだがニンからすればアンが泥棒猫でありがとうを一切言わない常識の無さに驚いてしまった。

「じゃ!一緒に歩くわよ!」

(よし!ユウタの隣ゲット~!)

アンは無垢むくよそおいニンとユウタの間に強引に割って入って提案した。

「畏まりました。それでは歩くとしましょうか」

ユウタはアンの提案に応じ歩こうとし――。

「ええ……そうね……」

――ニンはアンにユウタの隣まで盗られ顔が引きつってしまったがニンからの同意も得た事でユウタ達は再び歩き出したのだった。

*「やふひゃねぇかふちの女神も」*

2号はポップコーンをむしゃむしゃ食べながらアンの積極性に感心していた。

*「2号、食べながら話すのは行儀ぎょうぎが悪いですよ」*

1号は2号にマナーを注意したのだが――。

*「いいひゃねぇかほれくらい」*

――2号はいつもの様に直す気がさらさら無いのだった。

29/83.「で、どっちが勝ったの?」

「で、駆けっこはどっちが勝ったの?」

ニンは気を取り直して気になっていた駆けっこの勝敗を訊いてみた。

「もちろんユウタに決まってるでしょ!」

アンからすれば自分の勇者の事であり当然の如くだった。

「左様でございます」

ユウタも認めた。

「えっと、『ユウタ』って誰?」

アンは「ユウタ」が誰の事なのか分からなかった。

「私の隣にいるじゃない!」

アンからすれば「そんな当然の事も分からないの?」という感じだった。

「え?シェイクどういう事?」

ニンは気付きユウタに訊いた。

「アン様から名前を貰ったんだ」

ユウタはニンにアンから名前を貰った事を嬉しそうに教えた。

「え?益々ますます分からないんだけど……」

ニンはなぜユウタが名前を貰う事になったのかなどその経緯いきさつや「アン」という新登場も有って思考が追い付かなかった。

「僕には名前が無いって話したら考えてくれたんだ」

ユウタはニンが分かりやすい様にと教えた。

「な、何よそれ!」

ニンは困惑した。

30/83.「私も貰ったのよ!」

「私もユウタから名前を貰ったのよ!」

アンも嬉しそうに話した。

「え?貴方も?」

ニンはとても困惑した。

「当然よ!贈り合うってそういうものでしょ?」

贈られて貰ってばかりのアンが初めて常識的な事を言ったのだった。

「私に相談してくれたら名前を考えてあげられたのに」

ニンはユウタが話してくれたら自分がユウタに名前をあげたかった。

「もう駄目だから!『ユウタ』で確定だから!」

アンは絶対に現状変更を認められなかった。

「貴方ね、さすがに勝手が過ぎるんじゃない?」

ニンからすればどこからともなく現れた泥棒猫に好き勝手にされていた。

「部外者は黙ってて!」

アンからすればニンこそが部外者だったのだがそれはニンからしてもそうだった。

31/83.「私はずーっと一緒に生きてきたのよ?」

「何だってー?私はシェイクとずーっと一緒にここで生きてきたのよ?」

ニンにはユウタと共に育ち生きてきたという歴史や根拠が有った。

「そんなの知らないわよ!でもユウタはもう私のもんなんだから!」

アンからすればユウタは既に自分の勇者であり他人からとやかく言われるいわれは無かった。

「何よそれ!ぽっと出の貴方が勝手に私の婚約者を盗らないで!」

ニンからすればそれは到底受け入れられなかったしまさしく「泥棒猫」だった。

「家が見えてきましたよ」

ユウタは場の空気を変えようと思って知らせてあげる様に、教えてあげる様に言ったのだが――。

「知ってるよ!」

「あっそう!」

――アンもニンもバトル中でありそれどころではなかった。

*「おいおい、そりゃねぇだろ。仮にも奪い合ってる男の家が見えてきたってのによ」*

2号はアンとニンの返事が信じられなかった。

*「それどころじゃないわ。これは女の大事な戦いなのよ」*

ティアラからしてもそれどころの状況ではなかった。

*「そうですわ」*

プリシラも同意見だった。

かくしてアンとニンがいがみ合いながらユウタの家へと歩いていった。

32/83.「もう着きましたよ」

そして家の前に着き――。

「もう着きましたよ。ここが僕の家でございます」

――2人に知らせた。

「へー、ここがユウタの家なの。思ってたより小っちゃいわね」

アンは大豪邸を想像していた。

*「ひでぇ、デリカシーゼロかよ。族長の家なんだからこの村の中でも一番でけぇのによ」*

豪快な2号からしてもこのアンの発言はデリカシーが無かった。

*「趣味が喧嘩みたいな貴方が常識的な事を言うのは違和感が有りますけどそうですね。酷いです」*

1号は2号の常識的な発言に驚きつつも同意見だった。

*「だろー?あたしでも言わねぇわ」*

2号は喧嘩っ早いが常識人だったのだ。

ちなみに正義感も兼ね備えていて悪事に加担した事は一度も無い。

*「まぁまぁそこまで言わないであげて。世間知らずな女神もいるものなのよ。これから学んでいったら良いんだから」*

ティアラは自分が言われている様な言葉の数々に心を痛めつつアンを擁護ようごした。

ちなみに昔のティアラだったら「何でこんなにトイレが有るの?みんなおしっこが近いの?」と言い放っていた。

*「妙に肩を持っていらっしゃるわ。重なるところでもお有りなのかしら?」*

プリシラは毒づいた。

*「何だってー?」*

ティアラとプリシラはばちばちににらみ合った。

33/83.「この村で一番大きいのよ?」

「貴方はさぞ良い御身分ごみぶんで良い暮らしをしてるんだろうけど、ほら周りの家を見てみなさいよ。シェイクの家はこの村で一番大きいのよ?」

ユウタの家は代々族長の家で会議や宴会も開ける様に大きな造りになっていてこれでも村で一番大きい家だった。

「だから『ユウタ』だって!ユ・ウ・タ!」

アンはニンの「シェイク呼び」が認められなかった。

「好きに呼んだらいいから一度ちゃんと見てみなさいよ」

ニンは自分は「シェイク」と呼び続けるしアンはアンで好きな様に呼んだら良いと思っていて先ずアンに家の大きさの現実を知ってほしかった。

「まぁ……そうね。この隣のトイレと比べたらましね」

アンからすればユウタの隣の家はトイレのサイズだった。

「トイレ……これ私の家なんだけど……」

アンが「トイレ」と言い放った家はニンの家だったのだ。

*「最悪じゃねぇかようちの女神」*

2号もさすがに呆れていたが屋根も家も有るだけましという暮らしを知らないお嬢様の様な世間知らずのアンがそう思ってしまうのも仕方が無い事なんだろうとも思えてはいた。

*「まぁ仕方が無いですよ。ティアラ様が言った様にこれから学んでいけば良いんです」*

ちなみに1号も並ぶ庶民の家を初めて見た時にいだいた感想は「馬小屋がたくさん」だったからアンを責める事が出来なかった。

*「そう。これから1つ1つ学んでいけば良いの」*

ティアラはうんうんと頷いてそう返事をした。

「てか何であんたの家がユウタの家の隣に有るのよ!」

アンはティアラ達もいだいた当たり前の疑問をいだいた。

「そ、それは……」

(ユウタのお世話がしたかったからだなんて言えない……!)

ニンの同意のうえで選んだのだった。

「長老がわたくしとニンはとしが近く仲も良好りょうこうでございましたから家が近ければ色々と交流がしやすいでしょう、と気を利かせてくださった様なのでございます」

長老はユウタとニンの相性が良いと見るや家が隣同士になる様にしていたのだった。

「そ!そうなのよ……!」

ニンはこれさいわいにと乗っかった。

というのもニンは長老の意図に気付いていてそれがこの村の古くからのマッチング術なのだが鈍感なユウタはそれに気付いていないしニンが隣に引っ越してきて隣が女友達でなくて申し訳無いとすら思っていたのだった。

34/83.「じゃ早速中に入るわよ!」

「そ!じゃ早速中に入るわよ!」

アンからすればユウタはもう自分のものだから過去の事などどうでも良かった。

「どうぞお入りください」

ユウタはアンを家の中へと案内した。

「わーい!って……でもなんか陰気いんきね……何も無いし……!」

アンは族長の家だったらと金銀に囲まれたゴージャスな内装を想像していたのだが実際は全くそうではないし物も陰気で最小限という感じでがっかりしてしまった。

というのもユウタは多くの部族と交流し交易路を主導しているだけの事は有り贈答品や物々交換、交流を記念しての購入などしていて物はたくさん有るのだがアンからすればそれはノーカンというか「ゴミ扱い」だった。

*「色々あんじゃねぇかよ木彫りのやつとか」*

2号は手作り系の物が結構好きだった。

*「私の手編みの物も有りますよ。」*

1号が体験で作ってみてユウタにプレゼントした1号からすればおしゃれで高級感が有る編み物も有り1号は2号が趣味を教えてくれたから私もと話したのだが――。

*(調査だなんだ言ってたけどやっぱあいつに気が有んじゃねぇかよ……天使長様よ……)*

――2号は1号が嫌いな「公私混同」をみずからしている事やちゃっかりしている事や言ってる事とやってる事が違う事などを込み込みで呆れた。

*「1号ちゃんのってどれ?あれ?」*

ティアラは楽しんでいて指を差して1号に訊きながら1号の手編みの物を探した。

*「そうです。あれです」*

ティアラが指差した物が1号の手編みのユウタに贈った物だった。

35/83.「しかもなんか『』な物ばっか有るわね……」

「しかもなんか悪趣味な物ばっか有るわね……これとか……」

誰だか忘れたけど誰かの趣味にそっくりね……。

アンからすれば悪趣味な物が多く有り誰かは忘れたが趣味がその誰かさんみたいだなと思った。

*「良いじゃねぇかよ木彫り……どこが悪趣味なんだよ……!」*

その誰かさんとは2号の事で2号はアンにまた否定されて狼狽うろたえてしまった。

*「気にしないでほしいです。好みは人それぞれですから」*

1号は狼狽うろたえている2号の気持ちに寄り添った。

「それは女性の傭兵さんがくださった物でございましてわたくしは気に入っております」

ユウタは世話になったお礼にと2号がくれた木彫りの物を気に入っていた。

*「まじかよシェイク……!いやユウタ……!」*

2号はユウタがそう言ってくれて嬉しかった。

*「良かったですね2号」*

1号は2号が救われて嬉しかったものの自分も実のところ木彫りの物は何が良いのかよく分からなかった。

*「おうよ!」*

2号は元気が出てきた。

「これもそう……しかも何この模様……なんかの動物?化け物?」

アンは今度は手編みの物に注目し気味悪がった。

36/83.*「おい、言われてるぞ1号」*

*「おい、言われてるぞ1号。まぁ気にすんなよ。あたしは良いと思うぜ?」*

2号は1号に落ち込まないでほしかった。

*「恥ずかしいです……化け物って……猫ちゃんですよ猫ちゃん……」*

1号は大の猫好きだった。

*「おぞましいですわ……」*

画力が有るプリシラからしたら信じられない程の出来栄えだった。

*「プリシラさんまで……!」*

1号はプリシラにおぞましい物を見せてしまって申し訳無く思った。

*「良いじゃない。私は好きよ猫ちゃん」*

ティアラは猫は好きなのだが今では犬も好きだしもはや動物全般が好きという感じだった。

*「ティアラさん……!」*

1号はティアラの言葉に救われた。

*「あたしも好きだけどそういやあれ思い出したわ。Sランクのフェンリルフォックスキング。1度で良いから討伐してみたかったなぁ……!」*

2号はAランクのロード級を討伐した事が有るのだがキング・クイーン級の討伐は憧れだったもののパーティーの遠征事情が有りとうとうその機会には巡り合えなかった。

ちなみにロード級が襲ってきた場合単独でもBランクの冒険者パーティーを複数組やCランクの兵士が100人用意出来なければ壊滅するレベルでソロで討伐出来るのは勇者パーティー級だった。

そしてフェンリルを討伐すると「フェンリルスレイヤー」という称号が貰えるのだがそれは「ドラゴンスレイヤー」に準じる大変な栄誉であり2号は「フェンリルキングスレイヤー」になりたかったのだった。

*「それ狐ですよね……だから猫なんですって……」*

ちなみにロード級が襲ってきた場合単独でもBランクの冒険者パーティーを複数組やCランクの兵士が100人用意出来なければ壊滅するレベルだった。

37/83.「わたくしは『』ております」

「それは女性の商人さんが手作りなさってくださった物でございましてわたくしは気に入っております」

ユウタは1号が贈ってくれた物も気に入っていた。

*「シェイクさん……!ユウタさん……!」*

1号はユウタの言葉に一番心が救われた。

*「良かったじゃねぇかよ1号。未来の彼ぴっぴが褒めてくれてんぜ」*

2号は1号がとても嬉しそうにしていたから揶揄からかった。

*「冗談はやめてほしいです……!」*

1号はシェイクの話になるとポーカーフェイスが崩れてしまうから本当に揶揄からかわないでほしかった。

*「彼氏……?」*

ティアラは真顔になった。

*「今『彼氏』っておっしゃったの?」*

プリシラも追及したかった。

*「冗談だぜ冗談!あはははは……」*

空気が本当に恐ろしくなったから2号は慌てて訂正した。

*「2号は冗談を言ったんです……!悪戯いたずらが好きな後輩でして……」*

1号は慌ててフォローした。

*「あらそう♡なら良かったわ♡」*

*(殺す手間が生まれなくて良かったわ♡)*

ティアラは脅威は全員殺すつもりだった。

*「滅多めったな事は言わない方が良いですわよ」*

*(陰湿ばばぁに殺されてしまうかもしれないんですもの)*

プリシラは訂正されて安心したもののまだまだ油断は出来なかった。

38/83.「じゃあ家中(いえじゅう)見てくるけど良いわよね!」

「ふーん、じゃあ家中いえじゅう見てくるけど良いわよね!」

アンは家中いえじゅうを見てみたかった。

「どうぞアン様」

ユウタとしてはそれは問題無かった。

「やったわ!」

アンは大層嬉しそうに探検しに行った。

ちなみに昔のティアラなら無許可でずかずかと家の中を散策していた。

「ねぇシェイク、今からどうするの?私なら何でも手伝うよ?」

アンが家の奥へと探検しに行ったからニンはユウタにこれからの事などを訊いた。

「それなら今夜はアン様の分のお食事とかももてなす様に用意してくれるかい?」

食事などは長老の家で食べる時を除けば基本的にニンが用意してくれていて今回はアンというお客がいるからその分の用意もニンにしてほしかったしアンのリクエストである「おもてなし」の要素も叶えたかった。

「分かったわ。任せて」

ニンはユウタの要望なら何でも聞くつもりだったし喜んで引き受けた。

「いつもありがとう、ニン。はいこれ、今までの分。今日こそは受け取ってほしいんだ」

ユウタはお金が入っている巾着きんちゃくを取り出しニンのそばのテーブルの上にじゃらんと置いた。

これはユウタがニンにいつも食事の支度したくなどをしてくれているお礼にとまっていたもので今日こそは受け取ってほしかった。

というのもニンは全く受け取ってくれなくてしかしユウタはそのお金を自分の為に使う事が出来ずに巾着の中にまり続けていて今日限りでユウタはアンと共に旅立ってしまうからその前にニンに受け取ってほしかったのだ。

(え!?何今の音)

お金が大好きなアンはかねの音に反応した。

「何度も言ってるけどこんなの受け取れないよシェイク。私は別にお金なんて欲しくないんだから」

ニンはお金の為にユウタを支えている訳では無かったしお金のお礼なんて欲しくはなかった。

「僕は持っていってほしいんだ」

ユウタはニンに今日こそは受け取ってほしかった。

というのもユウタは国を造る為に旅立たなければいけないしそれは当然命の保障も無かったから今後のニンの人生に役立ててほしかったのだ。

「どうしちゃったのシェイク……今日は何だか様子がおかしいよ……」

ニンはユウタの様子がいつもと違う事に勘付いた。

39/83.「様子がおかしいと思って戻ってきたら!」

「あー!ちょっとちょっとちょっとー!お金の音がしたし様子がおかしいと思って戻ってきたら!何してんのよニンなんとか!私のユウタにちょっかい出さないでよ!」

アンは妙に勘が鋭く戻ってきてみるとユウタとニンが会話していて慌ててニンを妨害しようとした。

「ちょっかいなんか出してないわよ!」

まぁニンから「ねぇシェイク」と話し掛けているし全て純粋とも言えなかった。

「アン様、わたくしがニンにアン様のお食事の用意などを頼んでいたのでございます」

ユウタとしてはアンのいかりをしずめたかった。

「じゃあこれは何なのよ!ニンなんとかがユウタにお金をせびってたんじゃないの?」

アンはお金が入った巾着きんちゃくを指差してニンの真意を問い詰めようとした。

「これはシェイクが私に受け取ってほしいって」

ニンは隠す必要も無いかと思い本当の事をそのまま話した。

「ユウタそれ本当?」

アンは信じられないという気持ちで訊いた。

「本当でございます」

ユウタも隠す必要が無いかと思いそのまま話した。

「え?何で?」

アンは何でなのかさっぱり分からなかった。

「ニンが日頃から仕事で忙しいわたくしの為に食事の用意や洗濯などをなさってくださっていてそのお礼の合計がこのお金なのでございまして明日から遠出とおでしますので今日こそはニンに受け取ってほしかったのでございます」

ユウタはアンに自分の事情を話した。

「え、シェイク遠出するの?」

ニンは不安そうに悲しそうに訊いた。

「うん。遠出するんだ」

ユウタはニンが不安そうで悲しそうだったから申し訳無かった。

「そっか!餞別せんべつって事ね!じゃあ要らないんだったら私が貰うけど?」

アンは別れの贈り物ぐらいなら例えその贈り物の受け取りぬしがアン目線で泥棒猫のニンだったとしても許容の範囲内だったし要らないんだったら自分が貰うくらいの図太ずぶとさももちろん持っていた。

「遠出……餞別……いい、私が貰う……」

ニンはユウタの仕事を邪魔したくなかったし色々と呑み込む覚悟は出来ていてアンに取られるぐらいだったらと貰う事にし巾着を掴んだ。

「そ!」

アンからすればユウタは間もなくニンとお別れだからどっちでも良かったし少しくらいはくれてやれる心の余裕は有った。

*「あらえらい」*

ちなみに昔のティアラならニンを押し飛ばしお金も強奪していた。

40/83.「ここでお待ちになりますか?」

「ところでわたくしはこれから長老の家に話をしにまいるのでございますがニンはアン様のお食事などをご用意してくださると思うので一緒に行けないと思うのでございますがアン様はどうなさりますか?ここでお待ちになりますか?」

ユウタとしてはアンが来てくれる方が説得力も増すと思っていたのだがどちらでも良かったしアンなら来るとも思っていた。

「そうだったわね!じゃあ私も行くわ!ニンなんとかはお留守番よ!」

ユウタが思っていた通りアンは顔を出したいのだった。

「そ、そうね……」

ニンはユウタの邪魔にはなりたくなかった。

*「面白いわね。このタイミングで行くなんて」*

ティアラはユウタの判断に興味深いと思った。

*「そうですわね」*

プリシラも同意見だった。

*「驚きですよね」*

1号も同様だった。

*「え?何だ何だ?あたしには何が面白ぇのか驚きなのかさっぱり分かんねぇんだけど!」*

2号はティアラ達が何を言っているのかさっぱり分からなかった。

41/83.*「考えてみて。もし止められてしまったら?」*

*「考えてみて。翌朝出発するとして、その前夜に長老に話をしに行ってもし止められてしまったら?」*

ティアラは2号に例を出した。

*「えーっと、もしそうなったらユウタとうちの女神の旅は断念か?」*

2号は冷静に考えてみた。

*「そうよ。そしたら村総出そうでで実力行使で旅を阻止しに来るかもしれないわ。だって彼はこの部族のおさ。いなくなったら困るでしょう?」*

ティアラは2号に優しく教えた。

*「確かに!まずいじゃねぇかよ!」*

2号はやっとそのリスクが分かった。

*「そうよ。だから普通は置手紙おきてがみを残すか何も言わずに旅に出るか長老に話に行くとしても拒否されてもいい様に直前に行くものなのよ」*

*「なるほどな!おとこじゃねぇかユウタ!」*

2号はユウタの漢気おとこぎに感心した。

*(ユウタさん……!)*

1号はユウタの無事と成功をいのった。

「アン様、それでは早速参りたいのでございますが宜しいですか?」

ユウタはアンに訊いた。

「もちろんよ!行きましょ!」

アンはもちろんすぐに行きたかった。

「行ってらっしゃい」

ニンは2人を見送ろうとして「2人共」と言わなかったのは抵抗だった。

「うん。行ってくるね」

ユウタはそう言うとアンを連れて長老の家へと向かった。

42/83.「長老に用ですか?」

そしてユウタとアンは長老の家へとやってきた。

「シェイク兄さん!長老に用ですか?」

バリフは長老の警護で長老の家の前で立っていてやってきたユウタに訊いた。

もちろんバリフはユウタの隣にいる見知らぬ女性のアンを見て大事だいじな事で長老に会いに来たのだろうという事は察しているのだが用を訊いたのは形式上の事だった。

「はい。大事な話が有ります。今居ますか?」

ユウタはニンにはため口なのだが村のみんなにもそとの人にも敬意を持って敬語を使っている。

「居ます。少々お待ちを」

<した」

バリフは長老を探しに長老の家の中へと入っていった。

「長老、シェイクが見慣れない女性を連れてきました。大事な話が有るとの事です」

バリフは長老を見つけると話し掛けた。

「おっほっほ。シェイクが来たのか。よいぞ。れるがよい」

長老はまた面白い事が起こりそうだと思いながらこころよく受け入れた。

「はっ!」

バリフはただちにユウタ達のもとへと向かった。

43/83.「お待たせしました」

「お待たせしました。入って良いとの事です」

バリフはユウタ達に長老から言われた事を伝えた。

「分かりました。それでは入りましょうか、アン様」

ユウタはアンに話し掛けた。

「もちろんよ!」

アンは入りたくてうずうずしていたし――。

「どうぞこちらへ」

――ユウタに導かれて長老の家の中へと入っていった。

「アン様はこちらにお掛けください」

応接間の向こう側には既に長老が座っていてその向かい側の左に座る様に言った。

「分かったわ!」

アンは素直に楽しそうに座った。

「よく来たシェイク。わしはこの村の長老のイルクじゃ。よろしくのう、若いの」

ユウタとアンが座るとイルクがアンに自己紹介した。

「私はアンよ!アン様って呼んだらいいわ!」

アンはイルクに自己紹介したものの様呼びを提案した。

*「恐ろしいわね……」*

ティアラもかつては誰が相手でも様呼びを要求していたのだが常識がそなわっている今このアンの一言は時と場合によっては、例えば王にこの口の利き方をして相手が気分を害してしまった場合不敬罪で死刑になるかもしれないからぞっとした。

44/83.「そのお嬢さんはさぞ『』なのじゃろう」

「ほっほっほ。この村の長老のわし相手に怖気付おじけづかぬのは結構結構。元気なのも大変結構な事じゃ。それにシェイクが様呼びする程じゃ。そのお嬢さんはさぞ高貴なかたなのじゃろうのう」

さいわいな事にイルクは寛容かんようだしむしろ楽しんですらいた。

「そうよ!」

まぁアンは女神だし高貴といえば高貴なのだが亜空間は作れてもその中の家や家具などは自分では作れないから1号達に用意させていて生活水準は本人がもっと良い暮らしをする為に文明レベルを発展させようとやっきになっている程文明レベル相応の質素なものだった。

「はい。高貴な方です」

ユウタからすればアンは「高貴」という言葉で言い表せない程雲の上の存在だった。

ちなみにこの時代では部族単位の集落がスタンダードで一部人々が寄せ集まった都市も自然発生で出来つつあったのだが一般的には集落のおさが貴族の領主、部族の連合の盟主が王という様な感じで、ユウタ視点では盟主一族が王族で「とても高貴」、族長一族が貴族で「一般的な高貴」というものでありアンの高貴さは次元が数段も違っていた。

「ほっほっほ。さて、大事な話とやらを聞かせてはくれんかのう?」

イルクはユウタの口から何が飛び出るかとわくわくしていたし多少はこの女性との結婚の相談かもしれないとは思っていた。

「承知しました。大事な話というのはですね、私がこちらのアンと共に幾多の民が幸せに暮らせる国を造る為、明日あすの明けがた大河たいが河口かこうへ向けて旅に出るべく長老にしらせに参ったという次第しだいです」

ユウタはイルクに包み隠さず話した。

「ほっほっほ。何が飛び出るかと思いきや国造りとは。ほっほっほ。随分ずいぶんきゅうじゃがおぬしが『しらせ』と言うからにはわしが何と言おうとやるつもりなのじゃろう?」

イルクはユウタに何を言ってもユウタはやる気なのだろうと見抜いていたし止めるつもりも無かった。

「はい」

実際ユウタはイルクに何と言われようとアンと共に国造りの旅に出るつもりだった。

45/83.「質問しても良(よ)いかのう?」

「ところでいくつか質問してもいかのう?」

イルクはいくつか訊きたい事が有った。

「はい。どうぞ」

ユウタはイルクからの質問に可能な限り答えるつもりだった。

「大河とは川の民の縄張りにある大きな川で河口とは海と川が繋がってるところの事かのう?」

イルクは手始めに場所の事を訊いた。

「そうです」

ユウタはそういう認識だった。

「多分そうよ!」

言い出しっぺで女神のアンだが場所が全く分かっていなかった。

「ほっほっほ。で、国造りと言っておったがどっちが王になるのかのう?」

イルクは会話を楽しみながら次にどちらが王になるのかを訊いた。

「私な訳が無いでしょ!ユウタよユウタ!」

女神のアンからすれば地上で王になるというのは幸せ=怠惰たいだな毎日が奪われ体感として幼稚園で園長をやる様なもので「何で私が未開ながきんちょ達の面倒を見なくちゃいけないのよ!」という感じで絶対に嫌だったし考えたくもなかった。

「ほっほっほ。やはりシェイクが王になるのじゃな。しかしシェイクよ、いつの間に名前まで貰っていたのかのう?」

イルクはアンが女王になる為にユウタを利用しているという不安が払拭ふっしょくされて安心したもののいつの間にか名前まで貰っていた事に驚いた。

46/83.「私が『』になります」

「私が王になりますし名前は今日アン様から貰いました。気に入っています」

ユウタはイルクに名前を貰った事も教え押し付けられたのではないかという懸念けねん払拭ふっしょくする様に「気に入っている」と付け加えた。

「私だってユウタから名前を貰ったのよ!」

アンは「名前を貰った自慢」の様に感じていて負けたくなかった。

「『アン』と聞いた時はもしやと思ったがやはりそうだったんじゃな」

イルクは納得なっとくした。

「じゃあおじさん!質問タイムもう終わりで良い?」

アンはもう十分だろうと思っていた。

「ほっほっほ。待て待て。そうはやまるでない。わしはまだ訊きたい事が有るのじゃ」

イルクはまだ気になっている事が有った。

「じゃあ早くして!私達急がしいんだから!」

出発は明日あしたの朝だから時間に余裕は有るはずなのだが最速で任務を完了させたかったアンからすれば少しも時間を無駄にしたくなかった。

「ほっほっほ。じゃあ急ぐとするかのう。さて純粋なる興味なのじゃがなぜ国を造り名前を貰い与えようなどといたったのじゃ?」

イルクはその経緯いきさつが気になっていた。

「私が見張りをしていた時にアン様と出会い、そしてアン様の勇者になりアン様にかの地に国を造れと命じられ、相手を名前で呼ぶ為にも名前が無いのならとアン様が私の名前を考えてくれて、そしてアン様からの提案で私もアン様の名前を考えたという次第です」

ユウタはイルクに正直に話した。

47/83.「私が『』になります」

「ほっほっほ。そうじゃったのか。さていくつか質問に答えてくれてありがとのう。思い返せばおぬし交易こうえきじゃ交渉じゃ部族連合じゃと突拍子とっぴょうしも無かったしおまけに全て成功させおったが今回は国造りとはのう。――わしの答えはもう決まっておる。――思う存分やるがいぞ」

イルクは質問に答えてくれたユウタ達に感謝しユウタのこれまでの行動を回想し国造りを認めた。

「えっ!ほんと?」

アンは驚いて訊き返した。

「本当じゃ。わしが若いもんのこころざし無下むげにする訳が無かろうて」

イルクは若者わかものの挑戦を応援していた。

「そう言ってくれると信じていました」

ユウタはイルクの性格からして認めてくれると思っていた。

「えっ?そうだったの?」

アンは何となく無謀だなんだのと断られると思っていた。

「左様でございます」

ユウタはアンにうなづいた。

「ほっほっほ。ところでその『幾多の民』とやらにはわしらも入れてもらえるのかのう?」

イルクは自分達に関わる事をユウタに訊いた。

「もちろんです」

ユウタはこの村の編入も大歓迎だった。

「もちろんよ!」

アンにも断る理由は無かった。

「ほっほっほ。それは嬉しいのう」

イルクは喜んだ。

(これも神の思し召しおぼしめしか、いやあるいは……)

イルクは突然現れてユウタを勇者にし名前が無かった謎の女の子が神の使いか神自身なのではないかと怪しむ様にアンをじろじろと見ながら考えた。

48/83.「何でじろじろ見てくるの?」

「え?おじさん私の事何でじろじろ見てくるの?」

アンは突然イルクにじろじろと見られて問いただした。

「いや、何でも無いぞ。お嬢さんは一体何者なのかと考えておっただけじゃ。不快にしてしまったのならすまないのう」

イルクはアンの正体について言及げんきゅうするつもりは無かった。

*「これ正体に勘付かれたわね」*

ティアラはアンの正体がイルクに勘付かれたと思ったしその懸念は正しかった。

というのもシェイクに国造りをさせようとしていてシェイクはアンに対して丁寧な敬語を使っていて長老のイルクに対して全く物怖ものおじしていない言動のアンの様子を見て相当偉い人物でしかも世間知らずと考えればイルク程の人生経験が有り達観している者にとっては自明じめいだった。

*「そうですわね」*

プリシラも同感だった。

*「あの爺さん妙に勘が良かったからな」*

2号もイルクの勘の良さは分かっていた。

*「ええ、そうね」*

1号も同感だった。

まぁイルクの考えとしては1号や2号は神の使いでついに親玉の神が現れてシェイクを導いているという感じだったし大正解だった。

「いやらしい事を考えてたんじゃないなら別にいいわよ!」

アンはイルクに自身の正体が勘付かれた事に気付いていなくて呑気のんきなものだった。

49/83.「必ず顔を出すのじゃぞ?」

「ほっほっほ。しかしく時は必ず顔を出すのじゃぞ?」

イルクはユウタ達に出発前に顔を出してほしかった。

「分かりました」

ユウタは早朝にイルクを起こしてしまう事が申し訳無かったのだがイルクがそう望むのならと了承りょうしょうした。

「えーめんどくさい!」

アンからすれば出発の直前に会いに行くのは面倒めんどうだった。

「ほっほっほ。わしからのお願いじゃ。そして出発は明日あすの明け方と言っておったの」

イルクはユウタ達の出発のタイミングを再確認しようとした。

「はい。朝陽あさひのぼる頃にと考えています」

ユウタからすればその時に出発するのが理想だったのだ。

「ほっほっほ。そうかそうか。そしてシェイク、いやユウタもアンも、駄目だったらいつでも帰ってきていのじゃぞ?」

イルクはたとえユウタ達のこころみが失敗したとしても村から追い出す訳ではないし出戻りが可能な事を知っておいてほしかった。

「ほんと?」

アンはこういう保険事ほけんごとには敏感で訊き返した。

「本当じゃとも」

イルクは若者の挑戦を応援しているだけでなく優しくもあったのだ。

「心遣いと時間をいてくれた事に感謝します。それでは大事な話は以上ですから帰宅します。帰りましょう、アン様」

ユウタはイルクから旅立つ許可を貰い帰ってきても良いと保険まで貰ったタイミングで会話をまとめ帰ろうとした。

「分かったわ!」

アンはもう帰れると分かって嬉しかったし拒否する理由も無かった。

50/83.「連れていってはくれんかのう?」

「達者でな。じゃが最後に、ニンを連れていってはくれんかのう?」

イルクはユウタ達にニンを連れていってほしかった。

というのもニンの想いを知っているからユウタ達と離れ離れにするのは辛かったのだ。

「えー!」

アンからすれば絶対に嫌なお願いだった。

「その事はニンとアン様と話し合って決めます。それでは」

ユウタとしては勝手にニンを連れていく訳にはいかないからみんなで話し合って決めたかった。

「それが良いわね!またねおじさん!」

アンはそれなら断る余地が有るからと名案だと思いそしてイルクに挨拶した。

「ほっほっほ。またのう若いの」

(婆さんが言っとった通り、あやつは、ユウタはこの村に収まる器ではなかったわい。さちが有らん事を祈るばかりじゃ。さて、わしも一肌ひとはだ脱ぐとするかのう。――それにしても「ユウタ」と「アン」か。いぞ名前を貰ったのう)

イルクはユウタ達を見送り行動を決意し――。

「バリフ!ちょっと来てくれんか」

――バリフを呼んだ。

「はっ!」

バリフはイルクに呼ばれ急いで長老の家の中へと入っていった。

51/83.「簡単だったわね!」

「駄目って言われるかと思ったけどおじさん優しかったし簡単だったわね!私のおかげかしら!」

アンは帰宅途中自惚うぬぼれていた。

「左様でございましたね」

ユウタは十中八九認めてもらえるとは思っていたのだがアンが世間知らずさを発揮してくれたからこそアンが女神だと勘付かれ国造りの重要性をイルクに伝える事が出来たのも事実だった。

「でこの後はどうするの?もうおそらも真っ暗だけど」

アンはユウタにこのあとどうしたら良いのか訊いた。

「先ずはわたくしの家にお帰りになりご飯をお食べになりお寝になり十分に休息をお取りになりましょう。そして朝陽あさひのぼる頃に出発するというのはいかがでございますか?」

ユウタはアンに出発までの予定を提案した。

「それもそうね!それが良いわ!」

アンにとって理想の予定とは楽ちんで休息が有る事で食事と睡眠にかれ安心した。

52/83.「おかえり!」

「おかえりシェイク!とアン……」

ニンは帰ってきたシェイクとアンにおかえりの挨拶をした。

「ただいま、ニン」

ユウタはニンにただいまの挨拶をした。

「ちょっとあんた今私の時だけ含みが有ったわよね?ね?」

アンは自分の時だけ含みが有った気がして不満だった。

「気のせいよ。自意識過剰なんじゃないの?」

ニンはユウタがアンのせいで遠くへ行ってしまう気がしていて連れていってほしくなかったし幸せだった自分の人生を邪魔されそうになっていて泥棒猫のアンへの悪態を辞さなかった。

「何だってー?もっかい言ってみなさいよ!」

アンからすればニンの存在は邪魔なだけで喧嘩を売ろうものなら買うつもりで応じた。

「美味しそうでございますよ、アン様」

ユウタはアンの意識を食事へ向ける為夕食の話題に触れた。

「まぁそうね……」

アンからすれば喧嘩よりも食事の方が優先順位が上であり食べ物を見てその匂いを感じながら夕食へと意識が切り替わっていった。

53/83.「どうだったの?」

「ねぇシェイク。長老はどうだったの?」

ニンはアンが夕食に意識を切り替えたのを見るやいなや喧嘩を続ける必要も無いと思いユウタに長老との会談の事を訊いた。

「無事に話がまとまったよ」

ユウタは妨害される事無く明日無事に出発出来そうで安心していた。

「良かった。――それじゃあみんなで食べよう?そこに座って」

ニンはそうは思いつつもユウタがアンと遠出してしまう事を思えば本音ではまったく嬉しくなかったが配膳などといった夕食の支度したくを進めた。

「じゃあ私はここに座る!裕太はこっちに座って!」

アンは気に入った所に座り裕太を自分の隣に座る様に手でぽんぽんした。

「貴方ね……」

ニンはアンの自分勝手さに呆れた。

「アン様、わたくしはバランス良くアン様ともニンとも同じ距離でこちらにお座りしても宜しいですか?」

本来アンは客人であり客人のアンは上座に座りもてなす側のユウタやニンが横並びで座るものなのだがアンはユウタが自分の隣に座る事を要求していてしかしユウタはニンの事も大事でありバランス良くさんすくみで座る事にした。

「別に良いけど……」

アンはその意図やメリット、デメリットが分からなかったからこそ安易あんいに拒否出来なかったし取りたい物が有る時にユウタが代わりに取りやすいかもと思い認めたのだった。

「許可していただき感謝申し上げます」

ユウタはアンが認めてくれて良かったと思いつつ座った。

「なら私はここに座るね」

ニンはユウタがバランスを取ってくれて安心し配膳を終えると空いている所に座った。

54/83.「――で、これは何……?」

「私もう腹ぺこなんだから……!――で、これは何……?」

アンはニンが配膳してくれた食事が何なのかさっぱり分からなかった。

「こちらは羊乳のチーズでございまして、こちらは羊肉でございます」

ユウタはアンに遊牧民の定番メニューを教えた。

「へー。で、これは?」

アンは今度は汁物の事を訊いた。

「それはスープだよ。村のみんなで大きななべで作ってて今日のは羊肉の煮込みスープだね。で、そっちの野菜も美味しいよ」

大鍋は村の共有財産でスープは男衆が食材を調達し女衆が作るのが伝統だった。

そして野菜もこの地域で採れるもので伝統的に食されているものだった。

「へー。で、どれも食べても大丈夫なの?」

アンは自分が気に入っている料理だけを食べてきていてチャレンジするのが怖かった。

*「うちの女神まじで失礼だよな。口に合わなかったら全部残しかねねぇぞ。そしたらフルーツの差し入れでもするか?」*

実際アンは子供舌こどもじたで苦い物が苦手であり口に合わなかったら残してしまうしもしそうなったら空腹に耐えられないからフルーツの差し入れをしなければいけないかもしれなかった。

*「絶対に駄目よ!差し入れも一時帰宅も絶対に駄目!手出しは無用なの!」*

ティアラはアンを何としてでも大成功させ自慢の女神だと宣伝し誰も手出し出来ないアンタッチャブルな存在にしたかった。

*(しかし今度は何なのかしら……)*

プリシラはティアラがアンをアンタッチャブルな存在にしようとしている事は何となく分かっているのだがどれだけ善意かはティアラ本人ではないし掴めずにいた。

*「分かりました」*

1号は万が一の時にはこっそり現地におもむいて差し入れや着替えの用意、助言などをしようと思っていたのだがティアラに言われてやめる事にした。

*「しゃーねーな。これもアン様の為だもんな」*

2号もアンの為に何もしないでおこうと思った。

*「それが良いわ」*

ティアラはもし1号や2号、他の天使がアンに助力しそうものなら実力行使で阻止するつもりでいた。

55/83.「手始めに味見として」

「アン様、手始めに味見として少しだけお食べになってみるのはいかがでございますか?」

ユウタはアンに味見を提案した。

「味は大丈夫なの?」

アンは苦みや臭みが心配だった。

「大丈夫なはずでございます。どうぞお食べになってみてください」

ユウタは遠征で色々と食べてきたからこそ他の地域の料理と比較し少なくとも自分の部族の伝統料理が不味まずくない自信が有った。

「分かったわ……うん……これは悪くは無いわね……」

アンは味見でチーズを恐る恐る少しだけ食べてみたが味としては食べられない訳では無かった。

「うん……どれも大丈夫かも……」

アンは恐る恐る羊肉やスープ、野菜なども食べてみた。

「それは宜しかったですね」

ユウタはアンが食べられる物が分かり旅のお食事事情的に安心出来た。

かくして食べられる事が分かったアンは段々と食欲がいてきてあっという間にらげ――。

「最初見た時はうげっ!って思ったけど食べてみたら意外と悪くなかったわ!満腹満腹!」

――食わず嫌いでフルーツばかり食べていた子供舌のアンでも民族料理が食べられる事が分かり得意気とくいげになっていた。

「ご馳走様でした。アン様おめでとうございます」

ユウタも食べ終えるとアンを褒めた。

「どんなもんよ!」

アンを胸を張った。

「ご馳走様でした。――もうシェイクったら、あんまりこの子をおだてない方が良いわよ。調子に乗っちゃうから」

ニンも食べ終えるとアンを褒め過ぎない方が良いと注意しつつ全員の食器を片付けようとした。

「うっさいわよニンなんとか!」

アンは本当にニンの小言こごと鬱陶うっとうしく思っていた。

56/83.「僕のは自分で持っていくよ」

「僕のは自分で持っていくよ」

ユウタはさすがにニンに申し訳無くて自分の食器は自分で持っていきたかったし片付けたかった。

「良いの。私がみんなのを洗うからユウタはそこでお客様の相手をしてて」

アンは家事だけでもユウタの日頃の頑張りにむくいたかった。

「そ、そっか……」

ユウタは自分で食器を持っていこうとした時にニンにあっという間に持っていかれてしまいそう言われて再び座った。

「聞こえてるわよー。あと本人がやりたいって言ってるんだから任せておけば良いのよ」

アンはニンが最後に言った一言ひとこと嫌味いやみだとちゃんと分かっていて「よく家事なんて大変な事を好きこのんでするわね」と思っていた。

「ところで……シェイクとアンは遠出するんだよね……?」

ニンは食器を洗いながら一息いた今だと思い気になっていた事を訊いた。

「そうよ。あんたはお留守番」

アンは食事に大変満足して余韻よいんひたっていた。

「うん。それがどうかしたのかい?」

ユウタはニンに訊き返した。

57/83.「どこへ行くの?」

「どこへ行くの?」

ニンはユウタ達がどこへ行くのか知りたかった。

「あんたには関係無いでしょ」

アンはニンからの問いに答えるつもりが無かった。

「大河の河口へ行くんだ」

ユウタはニンには隠し事はしない主義だった。

「ニンなんとかに言わなくて良いわよ」

アンはニンに何も教えてあげてほしくなかった。

「何でそんな所へ?」

ニンはその訳が知りたかった。

「国を造る為だよ」

ユウタは正直に話した。

「ちょっと!ユウタ!」

アンからすれば「どうして教えたの!」という感じだった。

「そう……ねぇ、私も連れてってよ」

ニンはついに本題を言った。

58/83.「何で連れてかないといけないの!」

「嫌よ!何であんたを連れてかないといけないの!」

アンはニンを絶対に連れていきたくはなかった。

「僕は良いのだけれどニンはそれがどれだけ危険な事なのか分かっているのかい?」

ユウタはニンの覚悟が知りたかった。

「え……?危険な事なの……?」

アンは途端に行く気が無くなってきてしまった。

「アン様の事はわたくしが必ずお守りしますのでご心配なさらないでください」

ユウタはアンに心配しないでほしかった。

「そう……」

(ま、何か起こりそうになったらママと1号達が助けに来てくれるでしょ!)

アンはユウタの言葉に少し安心したもののよくよく考えてみれば自分は女神だし何よりティアラや1号達がいざとなれば助けに来てくれるだろうと思うと途端に安心安全に思えてきて不安は無くなった。

「じゃあ私も守ってよ!」

ニンはアンがユウタに守ってもらえるのなら同様に自分も守ってほしかった。

「あんたは駄目よ!」

アンからすればユウタからの特別扱いを受けられるのは自分だけで良かった。

「何でよ!」

ニンはアンの言っている事が不公平で気に食わなかった。

「何でもよ!」

アンは何が何でもニンの要求を聞き入れるつもりは無かった。

59/83.「『』も出来るのでございますよ?」

「アン様、わたくしなら2人共お守り出来ますしニンは馬にもお乗りになれるだけでなくお食事の支度したくやお洗濯も出来るのでございますよ?」

ユウタはニンが役に立つ事をアンに知ってもらおうとした。

「んー……でも駄目ったら駄目よ!」

アンは一瞬迷ったが食事の心配よりもユウタが取られてしまう事の方が嫌だった。

「そもそも何でシェイクが国を造らないといけないの?」

ニンは冷静にそもそもの事を訊いた。

「それは……私がユウタに国を造ってほしいからよ」

アンもさすがに女神として一般人に話せない事は分かっていて「文明レベルを上げる為」などとは言えなかった。

それはもちろんティアラに叱られるのが嫌だったからだしティアラが監視している可能性が非常に高いこの状況では尚更なおさら余計な事は言えなかったのだ。

「何よそれ……何でなのよ……何でユウタなのよ……他にもいるでしょ……」

ニンはアンが何でユウタを選んだのかが分からなかった。

そしてニンからすればユウタが貧乏くじを引かされた様な印象だし他にもアンの野心だかを手伝ってくれる人はいるだろうとも思っていたしユウタでなきゃいけない理由を教えてほしかった。

「この世界の為だしユウタしかいないの!」

まぁこの世界の為と言えばそうだしアンの贅沢の為でもあるのだがアンはユウタ以外に有能な優男やさおを見付けられる気がしなかった。

というのも天使達が全力で探したが見付けられず世界神のティアラの助力を得てやっと出会えたのがユウタだったし愛着もいていたから今更える気も無かったというか気持ち的にもう代えられなかった。

「そこまで言われたら……じゃあ私はどうしたら良いのよ……」

ニンは自分も連れていってほしいのだがアンに断られてしまっていて世界の為にユウタでなくちゃいけないとまで言われたらユウタとここで幸せに暮らしたいという自分のエゴを押し通す事も出来なくなってしまっていた。

そしてこの現状を打破する為ユウタは――。

60/83.「他を当たってはいただけませんか?」

「アン様、わたくしはいくら世界の為とはいえ目の前の民を見捨てる事が出来ません。ですのでニンを連れていかせてはいただけないのでございましたら他を当たってはいただけませんか?」

――打って出た。

「は?ユウタ何言ってんの?私は女神なのよ?こんな村娘の為に大事な使命を放り出すの?」

アンはユウタが言ってる事が信じられなかった。

「め、女神……!?」

ニンはアンが言った事に驚いた。

「そうよ!私は女神なの!だからあんたなんとかよりもずーっと大事なの!最優先じゃなきゃいけないの!」

アンはもはや隠す気も無くマウントを取りつつどうにかしてニン無しで旅立てる様にしたかった。

「ねぇ、シェイク。それって本当……?」

ニンはユウタに本当かどうか訊いた。

「うん。アン様は本当に女神様だよ。見張りをしていた時に急に光に包まれて目の前に現れたから」

ユウタも認めた。

「そ、そんな……」

(女神様が相手だったら私に勝ち目無いじゃん……それに本当に私が邪魔者みたい……)

ニンは引け目を感じてしまい――。

「シェイクが行きたいなら私を置いていっていいよ……」

――諦めてしまった。

「やった!そうこなくっちゃ!あんたがいても邪魔なだけなんだから!」

アンはニンが諦めてくれて嬉しかった。

61/83.「わたくしの言い分は変わりません」

「アン様、わたくしの言い分は変わりません。ニンはアン様の事を認めています。ですのでアン様もニンの事を認めてください。お互いが歩み寄らないのでございましたら国造りのお話は無かった事にさせてください。他を当たってください」

ユウタは目の前のニンを犠牲にする事が出来なかったし犠牲にするくらいならたとえ女神の命令だとしても引き付けるつもりは無かった。

そしてしばらくの間アンが代役を見付けられずかの場所に国が出来たという話が無ければアン無しで国を造るつもりだった。

「自分で何言ってるか分かってるの?私に楯突たてついたら天罰がくだるわよ?それでも良いの?」

天罰といっても1号達に言って嫌がらせをして脅迫する程度の事だった。

「はい。構いません」

ユウタは例え女神に憎まれて殺されてしまうとしても信念まで曲げるつもりは無いし目の前の犠牲は絶対に受け入れられなかった。

*「おい……これ大丈夫なのかよ……?」*

2号もさすがに心配した。

というのも怒ったアンが何をしでかすか分からなかったのだ。

ちなみに昔のティアラならニンを殺し村も燃やし尽くしていた。

*「分からないです……」*

1号も展開が読めなかった。

*(あら、アンちゃんがユウタさんを殺してくれる展開は全く想定外だったけど、殺してくれるのなら都合が良いわ♡)*

ティアラはユウタの魂が欲しいから殺そうと思っていたしアンがしてくれるのならそれでも都合が良かった。

*「でも勇者としては正しい判断ですわよね。神の為に犠牲をいとわない勇者などただの『盲信者もうしんしゃ』ですわ」*

実際勇者としては誰も見捨てないやり方が正しかった。

62/83.「叶(かな)えてはいただけませんか?」

「アン様、わたくしは女神アン様に多くは望みませんが、これだけはかなえてはいただけませんか?お願いします」

そしてユウタは不本意な状況になり申し訳無いと思いつつアンを悲しみと絶望がこもった眼差しでアンを見つめた。

ニンは諦めていたしユウタも諦めていたのだ。

(どうしよう……!何でこんな女を連れてかないといけないのよ……!でもユウタがここまで言ってるし今更次の勇者を探すのは嫌だし……ユウタまでそんな目で私を見ないでよ……!)

アンは自分は日頃から素晴らしい女神だと自画自賛しているが本当は自堕落じだらくで我がままな事にはっすらと気付いていて1号達が内心で思っている事を知るのが怖いから心の中をのぞけないし自分に向けられる呆れの視線にも気付いていてうんざりしていてそんな自堕落なアンの事を知らずに勇者になってくれたユウタにまでがっかりされたくなかったしそんな目で見てほしくなかった。

というのもアンが自ら積極的に介入しようとしていた頃「化け物」だのなんだのと迫害された事が有りその際に怒りや悲しみの視線にさらされた事が有りそのトラウマも有って嫌われたくなかったのだ。

逆に地上の民の事なんて何とも思っていなかったかつてのティアラは当然アベルに出会うまで地上に出向く事など無かったからその様なトラウマも無かった。

「分かった……!分かったから……!そんな目で私を見ないで……!私が悪い女神みたいじゃない……!」

アンは自分が最低な女神になりたくなかったからニンの同行を認めた。

「アン様、感謝申し上げます」

ユウタはアンに感謝した。

63/83.「水も着替えも用意してあるからね」

「シェイク、水も着替えも用意してあるからね」

ニンはユウタに知らせた。

「分かったよ。ありがとう」

ユウタはニンに感謝した。

「え?何の水?」

アンは何の水なのか分からなかった。

行水ぎょうずいでございますよ」

ユウタはアンに何の水かを教えた。

「え?何それ?」

お風呂持ちのアンには行水が何なのか分からなかった。

「体を洗ったりいたりする事です」

ユウタはアンに行水が何かを教えた。

「へー」

アンは初耳だった。

「じゃあ私アンと自分の家でしてくるね」

ニンはアンの行水を手伝える様に自分の家でしたかった。

「え!?」

アンは驚いた。

「うん。分かったよ」

ユウタとしてもその方が都合が良かった。

というのも行水は裸になって体を洗う行為だし同じ性別の者同士でした方が良いからだ。

「嫌よ!私はユウタとする!」

アンはいまいち何をするのか分かっていないのだがニンにしてもらうよりユウタにしてほしかった。

「駄目よ!ほら行くよ!」

ニンはアンの腕を掴むと自分の家へと移動していった。

64/83.「ほら脱いで」

「浴室に着いたよ。ほら先に拭いて良いから脱いで」

ニンは浴室に着くとアンに脱ぐ様に言った。

「い、嫌よ!あんた女の子が好きだったの?」

アンはニンが本当は女性を性の対象として見ているのではないかと不安になった。

「そんな訳無いわよ。私は男の子が好き……ほら、体を拭いてあげるんだから脱いで。それとも自分で拭く?」

ニンは否定し恋愛対象の事を考えて赤面せきめんしつつも再度脱ぐ様に言うと自分で拭くか訊いた。

「自分で……する……」

アンにとっては初めてのこころみだった。

「なら私がしてみるから見てて。この布巾ふきんをこうやって水を大事にしつつ少しひたして濡らしてからこうやって自分の体を一周する様に拭くの。でけ過ぎたらこうやっておけの上でしぼってね」

ニンはアンにやり方を教えようと布巾を手に取ると濡らし自分の体に当てて拭いてみせた。

「分かったわ!でも恥ずかしいからこっち見ないでね!」

アンは恥ずかしくて自分の体をニンに見られたくなかった。

「分かったよ」

ニンはアンに背を向けた。

「こうするのよね……冷たっ!」

ニンは脱ぐとニンから教わった通りにぎこちなく寒くて水が冷たいながらも体を拭いていった。

そしてしばらくして――。

「終わったわよ!」

――アンは体を拭き終えて濡れている布巾を手渡そうとした。

65/83.「今度は乾拭(からぶ)きよ」

「じゃあ今度は乾拭からぶきよ。これでもう一度一周する様に拭いて濡れを落として」

ニンは布巾を受け取るとそれを桶に掛けかわいている布巾を手に取るとアンにそれで乾拭きをする様に言って手渡そうとした。

「分かったわ。――で、次はどうするの?」

アンは乾拭きを終えるとその布巾をニンに手渡そうとして今度は何をすれば良いのかとニンに訊いた。

「じゃあこれを着て」

ニンはアンから乾拭きの布巾を受け取りそばに置くと着替えの服を手に取るとそしてアンに手渡そうとした。

「え?これ誰の?」

アンは初めて見る服を見て驚いた。

「私のだけどサイズも合うと思うしアンが着てた服は洗濯するから」

ニンはアンが着てた服を夜の内に洗濯したかった。

「わ、分かった……」

アンは経験則けいけんそく的に黙ってニンが言った事にしたがいニンの服を着た。

「じゃあ今度は私が体を拭くけどシェイクも体を拭いてると思うからアンはまだ帰らない方が良いわよ」

今度はニンが服を脱ぎながらアンに忠告ちゅうこくした。

「そ、そうね……!」

アンは確かに!と思った。

66/83.「私本当に良いの?」

「ところで私本当に付いてって良いの?」

ニンは体を拭きながら改めて訊いてみた。

「良いわよ……」

アンはニンが行水を手伝ってくれたしまぁ良いかなとは思っていた。

「でもあんなに嫌がってたのに何で?」

ニンはアンが同行をあれだけ嫌がっていたのに許可してくれた訳が知りたかった。

「それは……ユウタがあんなに悲しそうにしてたから」

アンはユウタに哀れな目で見られたくなかった。

「そう……同行を認めてくれてありがとう。私頑張るから」

ニンはユウタ達を出来る限り支えるつもりだった。

「そうね!期待してるわ!」

アンはニンにも頼りまくろうと思っていた。

67/83.「洗濯しちゃって良いんだよね?」

「じゃあアンが着てた服を私が水で洗濯しちゃって良いんだよね?」

ニンはアンの服も洗濯して良いか訊いた。

「良いわよ!」

アンは洗濯のやり方も知らなかったからニンに任せるしか無かった。

「じゃあ洗濯するね」

ニンは残りの水に衣服を1枚ずつけては絞っていった。

「わー凄いね」

アンはニンが剛力ごうりきで水がどばどばと落ちる様に絞っていくのを見て驚いた。

「アンもやってみる?」

ニンはアンに挑戦してみるか訊いた。

「うん」

アンもやってみたかった。

「じゃあほら」

ニンはアンの衣服をアンに手渡そうとした。

68/83.「うん。こうだよね」

「うん。こうだよね。――んんん!」

アンは自分の衣服を受け取ると水に浸け力を込めて絞ってみた。

「その調子!表面を絞ったらこうやって今度は裏面もね」

ニンはアンを応援しながら反対の面の絞り方もやってみせた。

「疲れた!パス!」

アンは疲れてしまったから諦めてニンに手渡そうとした。

「分かったよ。頑張ったね」

ニンはいつもユウタが優しく言ってくれる様にニンに優しく言い引き継いだ。

「料理作ったり洗濯したり家事も大変ね」

アンは家事も大変だなと思った。

「そうね。でもいつもやってるからもう当たり前っていうか慣れちゃってるから私は平気かな。じゃ、ユウタの家に帰ろっか」

ニンは洗濯も終えて後はすだけだった。

「ええ!そうしましょ!」

アンはニンに連れられてユウタの家へと帰っていった。

69/83.「ただまー!」

「ただまー!」

アンは元気良く挨拶してユウタの家に入った。

「シェイク、行水はもう終わってる?」

裸のユウタと鉢合わせない為の大事な質問だからいつもより少し大きめの声でユウタに訊いた。

「アン様おかえりなさいませ。僕はもう済んでいるよ」

ユウタはとっくに行水を終えていた。

「私自分で体拭いたのよ!」

誰にとっても当たり前の事なのだがアンにとっては初めての事で褒めてほしくてえっへんと胸を張って自信満々にユウタに報告した。

「アン様おめでとうございます」

ユウタはアンを祝福した。

「シェイクは甘いわねー」

ニンはユウタの優しさに呆れた。

「うっさいわよ!ニンなんとか!連れてってあげるんだから大人しくしてて!」

アンはニンに余計な一言の如く水を差されるのが嫌だった。

70/83.「しておかなくちゃいけない事って有る?」

「はいはい。ところでシェイク、明日持っていく物とか今の内にしておかなくちゃいけない事って有る?」

ニンは今の内に準備出来る事はしておきたかった。

「食料や生活必需品も必須だね。他にも無いと困る物とか持っていきたい物とか」

ユウタは持っていくべき物として思い当たる物を挙げた。

「そうね。支度したくするわ。あと言っておきたいんだけどアンは今夜は私と寝ようね」

ニンは同性同士だしアンと寝たかった。

これはもちろんアンの夜這よばいという名の抜け駆けを阻止する為だった。

「何で私があんたと一緒に寝ないといけないのよ!やっぱりあんた私に気が有るんじゃないの?」

アンは行水ならまだしも就寝ぐらいユウタと寝させてほしかったし発言的にニンはやはり女の子の事が好きなのではないかと思い始めていた。

「あのね、私の婚約者に貴方が何かしでかさないか心配だから言ってるんだけど」

ニンが心配している事をアンに話した。

「婚約者がどうとか関係無いわよ!ユウタは私の勇者なんだから!それに私からしたらあんたこそ何かしそうだから心配よ!私がユウタと寝るからあんたは自分の家があるんだしそっちで寝てちょうだい!」

アンはユウタは自分の勇者なのだから誰かとの婚約を認めるつもりは無いし夜這いの発想は無かったのだがニンに言われたらその懸念が有る事が分かったもののそもそもニンには自分の家が有るのだからそっちで寝てほしかった。

71/83.「貴方が付いてくる必要有るの?」

「あのね、私の事をとことん排除しようとしてくるから言わせてもらうけどね、シェイクの国造りって貴方が付いてくる必要有るの?」

ニンは反撃にとそもそも論を展開した。

「あ……」

(言われてみれば……!)

ニンの言葉がアンの心にクリティカルヒットした。

というのも確かにアンもその必要性を感じなかったのだ。

そして思い返せばティアラからも「勇者と共に国を造れ」などとまで具体的には言われてはいなかったのだ。

そもそもアンの任務は勇者の任命であり相手と会って話し合って両者による同意のうえで相手を勇者に任命するだけで良かったのだ。

そして地上を安心して任せられるという意味で自動化出来る事が優秀な勇者の証であり女神が勇者に同行し汗をかくというのは単なる努力賞、社交界で話せる努力のエピソード作り、成績UPでしかなかった。

「私がシェイクと指定の場所に国を造るから、貴方は無理しないで元いた場所に帰ったら良いんじゃない?」

ニンはひるんでいるアンにクリティカルな追撃をかました。

「い、嫌よ……!誰が今更道半みちなかばで帰るのよ!」

そしてアンは「分かったわ!私は帰るから頑張ってちょうだい!」などとは一瞬迷ったがやはり言えなかった。

というのもアンはもうユウタと一緒に旅をするという前提でここまで来ているしとっくにそういう気持ちになっているからそれをする必要が無かったと分かったとしても今更それを変えるのはやりがいを奪われる様なもので到底受け入れられる事ではなかった。

そしてユウタは先程ニンに助け舟を出した様に今度はアンに助け舟を出そうと思い――。

「じゃあ3人で一緒に寝るかい?」

――一緒に寝る案を提案した。

「アンが良いなら……」

ユウタの提案にラッキーだと思ったがアンがまたごねてしまうかもしれないし成立するかは不安だった。

「しょうがないわね!1回だけよ!」

アンは今回だけはと認めたのだが結局1回だけでは済まないのだった。

72/83.「じゃあ私が敷(し)くね」

「じゃあ私がアンの分くね」

ニンは早速アンの寝具を追加で敷こうとした。

「うん。任せるよ」

大層な事ではないから自分が手伝おうとするとかえって邪魔になってしまうと思いユウタはニンに任せる事にした。

「で誰がどこに寝る?」

ニンは寝る並び順を訊いた。

「そりゃもちろんあんた、私、ユウタでしょ!」

アンはユウタの隣だけはニンに渡したくなかった。

「じゃあ私だって貴方、私、ユウタの順って言わせてもらうわよ」

ニンも負けるつもりは無かった。

「嫌よ!」

アンはニンの提案を呑めなかった。

「私だって嫌よ」

ニンもアンの提案を呑めなかった。

そこでユウタは――。

73/83.「『』という並び順はいかがでございますか?」

「右からアン様、わたくし、ニンという並び順はいかがでございますか?」

――自分が真ん中になる事でアンとニンの要求を満たそうとした。

ちなみにこの並び順には意味が有り右から女神、女神の右腕の勇者、勇者の右腕という並び順だった。

「それなら良いわよ!」

アンはもはやユウタの隣なら満足だった。

「私も賛成」

ニンも満足だった。

そして全員が寝具の上で横になり――。

「それじゃあまた明日ね。おやすみ」

――ユウタは2人におやすみの挨拶をした。

「おやすもー」

アンはそう言うとあっという間に爆睡した。

「シェイクもアンもおやすみ」

ニンは心臓ばくばくですぐには眠りに就けなかったがいつもの様にすやすやと眠りに就いた。

74/83.「おはよう『』」

そして朝陽あさひのぼってきて――。

「おはようシェイク」

――ニンは目が覚めユウタもその音と振動で目が覚めたのだがニンはユウタに挨拶した。

「おはようニン。さぁ準備をしようか」

ユウタもニンに挨拶した。

「ええ、そうしましょう」

かくしてアンが爆睡しているなかユウタとニンは共に朝食などを準備し始めた。

「私アン様起こしてくるね」

ニンはそろそろアンを起こしたかった。

「うん。任せたよ」

ユウタはニンがアンを起こしたそうにしていると思ったから任せてみる事にした。

実際ニンは意趣返しでアンの快眠を妨害したかったのだ。

75/83.「起きて。もう行く時間だよ」

「アン様起きて。もう行く時間だよ」

準備を終えたニンはアンを起こそうとした。

「ん~?嫌だ~もうちょっと寝てたい~」

アンは朝が超絶弱かったのだった。

「どうしようシェイク。アン様が全然起きてくれないよ」

ニンはアンが起きてくれなくて途方に暮れてしまった。

「じゃあ僕がやってみるよ」

ユウタは今度は自分でアンを起こそうとしてみる事にした。

「ええ、お願い」

ニンからすれば自分で駄目だったらもうユウタに任せるしか無かった。

「アン様、早く起きてくださらないとわたくしとニンでアン様の分まで朝ご飯を食べてしまいますよ?」

ユウタはアンには食い意地が有る事を見抜いていてその事でアンを起こそうとした。

「そんなの絶対駄目よ!さぁ朝ご飯を食べるわよ!」

その狙いが見事に的中し一瞬でアンが目を開けると瞬く間に起床した。

76/83.「『』達が来ます!」

「長老!シェイク達が来ます!」

徹夜でイルクの家の前で立っていたバリフはユウタ達が来るのが見えてきて急いでイルクに伝えに行った。

「おっほっほ。もうそんな時間か。じゃあ皆を連れてきてくれんかのう?」

イルクはバリフに指示した。

「分かりました!行ってきます!」

バリフ急いで向かった。

「よく来てくれたのう。出発の前に顔が見れて嬉しいわい」

イルクは玄関前でシェイク達を出迎えたし本当に嬉しかった。

「おはようございます、長老」

ユウタはイルクに挨拶し――。

「おはようおじさん!」

――アンも挨拶し――。

77/83.「おはようございます」

「イルク長老、おはようございます」

――ニンも挨拶した。

「おっほっほ。おはよう。さてその様子じゃとニンも連れて行く事にしたのかのう?」

イルクはニンも荷物を持っていて「もしや?」と思ったのだった。

「はい」

ユウタはイルクの願いが叶えられて安心していた。

「私も連れていってくれる事になりました」

ニンはイルクに嬉しそうに報告した。

「仕方無いからだからね!」

アンは本当に嫌だったのだが頑張って譲歩じょうほしていたのだった。

「おっほっほ。人手は1人でも大いに越した事は無いはずじゃからのう」

イルクはニンの同行が認められて安心した。

「はい。私もそう思います」

ユウタも同意見だった。

「ぐぬぬぬ……」

アンは狼狽うろたえてしまった。

78/83.「もう1つわしの願いを聞いてはくれんかのう?」

「おっほっほ。さてユウタよ、もう1つわしの願いを聞いてはくれんかのう?」

イルクはユウタとアンに聞いてほしいお願いが有った。

「何でしょうか長老」

ユウタは長老の願いなら大抵の事なら聞くつもりだった。

「わしは彼らも連れていってあげてほしいのじゃ」

イルクはシェイク達だけでは心配で今後の事も考え村の外での暮らしに興味が有る複数のペアも連れていってあげてほしかったのだ。

「え?――ニンなんとかだけじゃなくて?」

振り向くと複数の男女のペアがいた。

「エンさんやヌナさん達も?」

ニンも振り向き驚いた。

「そうだ!俺達も連れてってくれないか?」

エンも――。

「私達も加わりたいの」

――ヌナ達もユウタ達に同行したかった。

「どうじゃ?連れていってあげてはくれんかのう?」

イルクは連れていってあげてほしかった。

「ユウタ!どうしよう!」

アンはどうしたら良いのか分からなかった。

「アン様、国を造るのならば国民を増やさなければなりません。来る者拒まずでどんどん受け入れていきましょう」

ユウタはどんどん受け入れたかった。

「ユウタがそう言うのなら分かったわ!連れていってあげましょう!」

アンはユウタが言った様にしていれば何とかなると思っていた。

というのも今まで天使長の1号が言う様にしていて失敗した時に「私の案じゃないから!」という言い訳が言える様にしつつ実際に上手くいっていたからだった。

「よし!」

エンは同行が認められたから喜び――。

「やった!」

――ヌナ達もみんな喜んだ。

79/83.「それでは西口(にしぐち)の前で」

「それではみなさん西口の前で落ち合いましょう」

ユウタは参加組が荷物を持ってくる準備や挨拶回りなども有るだろうと思い出入口で集合したかった。

「はい!」

みんな元気良く返事をした。

「それがいのう」

長老も賛成だった。

「それではアン様もニンも行きましょう」

ユウタはアンとニンを連れて西口へ移動しようとした。

「もちろんよ!」

アンはもちろん賛成で――。

「そうしましょう」

――ニンももちろん賛成で移動を始めた。

ニンは歩きながら――。

「ねぇ、シェイク。来る者拒まずって言ってたけど、私はシェイクらしくて良いと思うんだけど、それって大丈夫なの?」

――ユウタに訊いた。

ニンは悪人が来たらどうするのかと心配だったのだ。

「大丈夫だよ。任せて」

ユウタはチャンスを与える様にする事も決めていたし対策もちゃんと考えていた。

「うん!」

ニンはシェイクなら何とかしてれるだろうと信頼していてユウタはちゃんと考えている事が分かり安心した。

80/83.「抱っこいたしましょうか?」

そして西口に着き――。

「抱っこいたしましょうか?」

――ユウタはアンに訊いた。

「当たり前よ!」

アンは「何で当たり前の事を訊くの?」という感じだった。

「畏まりました」

アンも慣れていてユウタはアンをいつもの様な手順でスムーズに抱っこして馬に乗せた。

(ずるい……!自分ばっかり……!はぁ……)

ニンはアンがユウタにお姫様抱っこされて馬に乗るのを見て羨ましく思いながらも不満気ふまんげ溜息ためいききながら自分も馬に乗った。

そしてユウタはみんなに――。

81/83.「準備は出来ていますか?」

「皆さん準備は出来ていますか?」

――準備出来ているか訊いた。

「もちろんよ!」

アンも――。

「出来てるよ」

ニンも――。

「出来てるぞ!」

エンも――。

「はい!」

ヌナもみんな準備が出来ていた。

82/83.「お元気で」

「それでは行きましょう。長老も皆さんもお元気で」

ユウタは出発組に行く事を伝えたあと長老達みんなにも挨拶した。

「ほっほっほ。達者でな」

イルクは何となく上手くいく気がしていた。

「ニンも行くわよ!」

アンは同行するニンに声を掛けた。

「あ!今初めて『なんとか』って付け加えなかったわよね?」

ニンはアンが「ニンなんとか」と言わなかったから驚いた。

「き、気のせいよ……!」

アンは恥ずかしがっていた。

「行ってらっしゃ~い!」

「頑張って~!」

「頑張れよ~!」

「達者でな~!」

村人達は旅立つユウタ達に手を振り声援を送った。

かくしてユウタ達は新しい国民と共に長老からシェイクの旅立ちを聞いていた村人達みんなにより声援が送られ見送られながら旅立っていった。

83/83.(「」達まだ寝てるかなぁ……?)

(ユウタ達まだ寝てるかなぁ……?)

夜勤を終えたバドが村に帰ってきてシェイクの家の前まで来た。

「シェイク、起きてる?――いる?――あれ?」

いつもなら大体ニンが朝食の準備をしていたりユウタも既に起きていたりするのだが声を掛けたのに一切返事が無く誰かがいる様子も無かった。

「ニン?いる?」

ニンの家の前からも声を掛けてみたが返事が無くて途方とほうに暮れてしまうのだった。

「お?バドか」

村人のドゥムはシェイクに会いたがっているバドを見つけた。

「あ、ドゥムさん。シェイクもニンもあとアン様もまだ寝てますか?」

バドはドゥムに訊いた。

「あーバドは夜勤だったから知らないのか。いや、バドは西の街道の見張りだったはずだが……シェイクもといユウタ達は国を造るってさっき旅立っていったぞ」

ドゥムはバドに教えてあげた。

そしてドゥムが疑問に思ったのももっともでユウタ達はバドが見張っていた街道を通ったのだがバドは久しぶりぐらいに全力疾走をしたから疲れて見張りの途中でついうとうときてしまい寝てしまっていたのだった。

「えー!?」

バドは心底しんそこ途方とほうに暮れてしまった。

後書き

村は既に侵略者の傘下に入っておりそれなりの年貢を要求されていますが主人公による交渉によりそれだけで済んでいます。

そして運び屋を兼ねた行商人が往復で稼ごうとして色々と持ってきてくれているので村の暮らしは従来よりも向上しています。

また商隊の傭兵達が周辺の盗賊達を撃退してくれているので街道も安全になり定期的な交易により飢餓の心配まで無くなっています。

そしてこの村は高原の遊牧民の村です。

またのちに明らかになりますがどんな手段を使ってでもアベルと村人Aの様なスローライフがしたい女神がいます。

ちなみにユウタから勇気や知性を取り脚力を追加した存在がバドです(笑)